歯切れの悪い、ロゼールの答えを聞いたフレデリク。

「遠回し? はははははははははは!!」

と、いきなり相好を崩し、大笑いをした。

「………………」

対して、ロゼールはどう答えていいのか、困惑。
無言で応えるしかなかった。

フレデリクはしばらく笑っていたが、
頃合いと見たのか、軽く息を吐き、話し始めた。

「ふむ、今回ロゼール、いや、ロゼであったな。お前を我がドラーゼ家へ迎え入れたのは、ベアーテからの、たっての願いなのだ」

「ベアーテ様、いえベアトリス様からの、たっての……願い」

「ははははは、ベアーテ様で良い。あの子がお前に、自分をそう呼ぶよう言ったのだから」

「は、はい」

「ベアーテはな、お前の才にたいそうほれ込んだのだよ」

たいそうほれ込んだ!?
フレデリクの言葉を聞き、ロゼールはびっくりした。

「私の才に? ベアーテ様が?」

「うむ、ロゼール・ブランシュこそが、文武両道たる素晴らしい才を持つ女子だと、ベアーテは断言したのだ」

「そ、そんな、わたしごときなど……ベアーテ様は、ほめすぎですよ」

「いやいや! 謙遜(けんそん)せずとも良い! ロゼ、聞き及んだお前の数々の武勇、そして深謀遠慮の慎重な話ぶりからしても、ただものではないと、私も思う」

「閣下、過分なお言葉です」

「うむ、まあ良い。このまま押し問答をしても意味がない」

「は、はあ……」

「ロゼ、お前がこのまま、親の言いなりで、どこぞの貴族家のぐうたら息子と見合いし、嫁になるなど、王国の大きな損失だとベアーテは言い切った」

「私がぐうたら息子の嫁になるのが……王国の大きな損失なのですか」

「うむ、だがベアーテがそう言っても、実際私は半信半疑であった」

「……………」

「確かに武勇が鳴り響いてはいる。だが、単に武辺者の女子騎士だ、それが、ロゼ、私のお前に対するこれまでの評価であった」

補足しよう。
武辺者とは、武勇のある人物という意味である。
そして「単に武辺者だ」というのは、知略に長けているわけではない。
フレデリクは、ロゼールを『武』のみの女子と見ていたのだ。

「………………」

「しかし、ベアーテからは、情けないとひどく叱られた。公爵たる、いや王家から政務の一端を任された、副宰相たる私の目は節穴(ふしあな)かとな」

「………………」

「ははは、ベアーテの言う通り、確かに私の目は節穴であった」

フレデリクの言葉を聞き、ロゼールは考えをめぐらせる。

どういう事だろう?
ベアトリス様も「私を武辺者だと見ていた」とおっしゃったのに、
今の閣下の話とは、違う。

もしかして、ベアトリス様は全く違う視点で私を見ていた?

いや……
多分、ベアトリス様も私の能力については、
閣下同様「半信半疑だったに違いない」

と、ロゼールは思った。

男子騎士をなでぎりにする一介の女子騎士私ロゼール・ブランシュに、
興味を持ったベアトリス様が、ラパン修道院改革という仕事を請け負い、
花嫁修業の名目で来院。

実際に私とお会いして、お話をされ、課題を投げかけられ、見極められたのだ。
まあ、改革が本来の目的で、私は『おまけ』だったかもしれないけど……

ベアトリス様よりも私が年上だった事もあり、
わがままをいう、貴族令嬢を敢えて演じた。

オーク襲撃は全くの偶然だろうけど、それなりの結果を出した私を、
ベアトリス様は『合格』とし、臣下に加えるよう父ドラーゼ公爵閣下に進言した。

それで、閣下は私の父に直談判した。
……という、事か。

「………………」

無言でつらつら舞台裏を考えるロゼールに対し、フレデリクは言う。

「ロゼ、お前はベアーテを知略と信念で助け、ラパン修道院の改革を見事に成功させ、襲来したオークの大群に対しては、勇敢にも単身で先頭を切って戦い、圧倒し、勝利した」

「いえ、改革もオークとの戦いもベアーテ様の功績だと思いますが……私はベアーテ様のご命令に従っただけです」

「はははは、全く違うな。ベアーテは、全てお前の指示で動いたと申しておる」

「それは……」

「謙遜は不要、事実のみを認識せよ。ロゼ。お前はまず、1次試験に立派に合格したのだ」

「1次試験に……合格ですか?」

「うむ、次は2次試験だな」

「で、では……2次試験とは、私は一体、何を試されるのでしょうか?」

「はははは、それは内緒だ」

「な、内緒って……」

「ははは、実は詳しい内容は私も知らない」

「え? 閣下も……ですか?」

「ああ、そうだ。こうだろうと推測、想定はしているがな」

「は、はあ……」

「しかし、ロゼ、ロゼール・ブランシュよ。お前なら大丈夫だ」

フレデリクはきっぱりと言い、

「お前には詫びねばならぬ。すまなかった……」

と、深く頭を下げた。
王国譜代の高貴な公爵が、男爵令嬢の小娘に謝罪し、
頭を下げるなど、前代未聞、身分上はありえない事なのだ。

またまた、大いにびっくりするロゼール。

そんなロゼールをよそに、フレデリクは話を続けて行く。

「ロゼ、お前は男爵家の娘……貴族令嬢でありながら、当家で使用人を、メイドをして貰う」

「は、はい。ベアーテ様からは、そのように伺っております」

「表向きはメイド、実質、ベアーテお付きの護衛兼、身の回りの世話をして貰う話し相手が欲しいという、あの子の『わがまま』なのだがな……許せよ」

「そんな! 謹んで拝命致します! お付きの護衛兼、身の回りの世話をして貰う話し相手が欲しい、ベアーテ様のわがまま……なのですね。了解致しました!」

「うむ、良い返事だ。……メイドという使用人の格好をして、当家預かりで引き続き、花嫁修業をして貰う……そういう名目で、私はお前の父、オーバン・ブランシュ男爵と話をしたのだよ」

「な、成る程」

「当初は、嫌な顔をしていたオーバンも、私が寄り親となり、ブランシュ家にはドラーゼ家ゆかりの男子を養子に送る。その妻も手だてすると言ったら、快諾した」

「はあ、そうですか……父が」

ロゼールは嘆息した。

ブランシュ家の存続、名誉を重んじる利に聡い父は、考えた結果、
今回の話が「渡りに船だ」と判断したに違いない。

ただこれで後顧の憂いも、実家に未練もなくなった。
否、却って安堵した。

今後ブランシュ家は、ドラーゼ公爵家の庇護の下、栄えて行くに違いない……から。

ここまでロゼールが考えたところで、フレデリクが言う。

「ロゼ、念の為、言っておくが、お前に課題を出し、試すのはベアーテだ」

「ベアーテ様が……だから、閣下が2次試験の内容をご存じないと」

「うむ、そうだ。そして合否の判断もベアーテが行う」

「合否の判断もベアーテ様が……」

「だが、お前は既にベアーテと心の交流をしているはず……そして与えた課題を見事クリアした」

「……は、はい!」

「大丈夫! お前ならば出来る! 頑張ってあの子の出す課題をクリアし、才を活かせ! 世に出て名を残す女子になれ! 我がドラーゼ家が後押しする!」

……まだまだ不明の点がたくさんある。
これから何をすれば良いのか、五里霧中でもある。

しかし、はっきりしているのは、ドラーゼ公爵家へ来たのは、
自分にとって人生最大のターニングポイントである事だ。

見合い結婚をして、ブランシュ男爵家の奥方に収まる……
そんな運命はなくなった。
劇的に変わった。

「はい! ありがとうございます! 私は頑張ります! 閣下!」

気合を入れ直したロゼールはすっくと立ち、びしっ!と敬礼をして、
フレデリクからのエールへ応えていたのである。