ドラーゼ公爵家邸本館大応接室……

名のある芸術家が作った絵画、彫刻が飾られ、数多の趣きのある調度品、豪奢な大応接セットが置かれた部屋には……
帰宅したベアトリスを除く、ドラーゼ公爵家の全員が集まっていた。

ロゼールはラパン修道院において花嫁修業中、ベアトリスと親しくなってから、
ドラーゼ公爵家の家族構成等々を聞いていた。

ベアトリス17歳を起点にすると、父公爵・フレデリクは王国副宰相を務める重鎮で44歳、母バルバラは40代ながら美貌を誇る貴婦人、詳しい年齢は内緒。
弟アロイス15歳は姉同様、端正な顔立ちをした少年である。

家令バジルにいざなわれ、ベアトリス、ロゼールが室内へ入る。
花が咲くようにベアトリスが微笑み、家族へ帰還を告げる。

「お父様、お母様、アロイス、ベアーテ、ただ今、戻りましたわ」

当然ながら、ベアトリスへ、家族3人から声がかかる。

「おお、ベアーテよ、良くぞ、戻った。もろもろご苦労様だな」と父フレデリク。

愛娘を『愛称』で呼ぶ父フレデリクが、もろもろと優しくねぎらったのは、
ベアトリスが『花嫁修業』を勤めたから「だけ」ではないだろう。

『ラパン修道院の改革実施』『オークの見事な撃退』という事案等も含まれているに違いない。

「ベアーテ、修道院をオークの群れが襲って、大騒動になったと聞きましたが、やはり、貴女は全く臆さず、シスター達を救ったようですね。本当に誇らしい事です」と、母バルバラも笑顔である。

「母上のおっしゃる通り、ベアーテ姉上の事だから、たかがオークなど歯牙にもかけないと思いました」と、弟アロイスも嬉しそうだ。

巨大な肘掛け長椅子に座ったフレデリク達、ベアトリスの家族3人、
対してベアトリスは、向かい側に置かれた肘掛け長椅子にひとりで座った。

4人は歓談する。
ベアトリスと家族は約3か月少しぶりの再会となる。
全員懐かしそうに話している。

その間、ロゼールと家令のバジルは隅っこで、待機していた。
バジルは直立不動なので、ロゼールも(なら)った。

しばし経って歓談が終わり……
ベアトリスが手招きする。

「ロゼ、私の隣へ座りなさい」

「は、はい……で、でも」

さすがにロゼールは戸惑った。
いくらなんでもベアトリスの隣に座り、ドラーゼ公爵一家に正対する勇気はない。

しかし……ベアトリスが、声を張り上げる。

「ロゼ! 忘れたの? 私の、マイルール」

「マ、マイルールですか? は、はい、(おぼ)えております」

修道院長が反論した際、ベアトリスは自らが定めたルールを告げている。
確か、ベアトリスに対し3度目の反抗は、NG決定だと、ロゼールは記憶していた。

ここで、家令のバジルがそっとささやく。

「ロゼール様。いえ、ロゼ様。ここは素直にお嬢様へ従うのが宜しいかと」

「は、はい!」

と、バジルの忠告に従い、ロゼールが返事をした時、視線を感じた。

何と、フレデリク・ドラーゼ公爵がロゼを見て小さく頷いていた。

バジル同様、「ベアトリスに従え」との合図らしい。

仕方ない!

ロゼールは大きく深呼吸すると、直立不動を解き、ベアトリスが座るソファへ向かい、歩き出したのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

……いつもと違って、ぎくしゃく歩いて来たロゼールを見て、
「ぷっ」と面白そうに笑ったベアトリス。

まずは挨拶をしなければならない。
ドラーゼ公爵家一家が歓談する間、家令のバジルとともに待機していたから。

「ご、ご、ご挨拶が遅れましたあっ! オ、オーバン・ブランシュ男爵が息女! ロ、ロゼール・ブランシュでございますっ!!」

大いに噛みながらも、ロゼールは元騎士らしく、何とか、はきはき挨拶が出来た。

うんうんと頷くベアトリスは、

「さあ、ロゼ、ここへ座って」

と自分の隣に座るよう指示をした。

「し、し、失礼致しますっ!」

やはり大いに噛みながらも、元騎士らしく、はきはき言い、
ロゼールは何とか、ベアトリスの隣へ座った。

ここでベアトリスが、父フレデリクへ言う。

「お父様」

「何だい、ベアーテ」

「最初に言っておきますけど……私は彼女をロゼールではなく、ロゼと愛称で呼びますわ」

「ふむ、良いんじゃないか」

「なので、お父様、お母様、アロイスもロゼと呼んで頂きたいですわ」

家族全員にも、ロゼールを愛称で呼ばせようとするベアトリス。

当事者ロゼールはただただ、無言。
固まっているしかない。

フレデリク、そしてバルバラ、アロイスは困惑の表情を浮かべたが……
結局、折れた。

「…………うむ、良いだろう。ベアーテ、お前に合わせよう、皆、構わんな?」

「は、はい!」
「わ、分かりました」

しかし、ベアトリスの攻勢はまだまだ続く。

「それと! ロゼには、私の事をベアーテと呼ばせます。ラパン修道院では、私が命じて、ず~っとそうでしたから」

「ええっ!?」

今度はさすがにフレデリクは大いに驚いた。
ひどく気の強い愛娘が、
身分の低い貴族家の娘から、自分を愛称ベアーテで呼ばせるなど、全くの初めてなのである。

ちなみに、ベアトリスが自分を愛称で呼ぶ事を許しているのは、
家族以外では、親しい王族と上級貴族のみ。
父が驚愕するのも無理はない。

「すでにバジルにも、今の指示を出しております。ご安心を、お父様」

ベアトリスはそう言うと、にっこりと笑ったのである。