翌日、ロゼールとベアトリスは、ラパン修道院を出発。
大型の専用馬車で、王都グラン・ベール、貴族街区にある、
ドラーゼ公爵家邸へ向かっていた。
馬車の周囲は、例によって20人ほどの騎士が警護の為、騎馬で並走している。

ロゼールとベアトリスのふたりは、広い客室内で向かい合って座っていた。

呆れ顔で、ロゼールが言う。

「昨日いきなり言われて、今、この状況……理解はしていましたけど、ベアーテ様は、強引ですね」

「うふふ、ロゼ。それ、押しが強いという誉め言葉として受け取っておくわ」

得意満面のベアトリス。
ロゼールは大きなため息を吐く。

「はああ……でも、私が出来るのは騎士として戦う事だけ、メイドなんか出来ないですよ」

「いえ、ロゼなら絶対に出来るって! 私と一緒にここ数か月、ラパン修道院でやっていたじゃない。家事全般を」

「まあ、一応は……でも、私の家事なんて、しょせん素人ですから」

「いいの、いいの素人でも! 修道院で習い覚えた美味しいお菓子を、ウチの専属料理長に弟子入りして、一緒に極めようね♡」

「ええっと……お菓子ですか」

「うん! ケーキに、タルト、プレッツェルとか! ロゼと一緒にびっしり武道訓練をした後に、美味しい甘いもの食べるのって最高じゃない?」

「まあ、私も運動の後、甘いものを食べるのは大好きですけどね」

「でしょ! 楽しみぃ!」

と、まあそんなこんなで……
昨日の今日だから、ひどく慌ただしかったが、
ロゼールに断るスキを与えない ベアトリスの命令と仕切りは完璧であった。

「今回の状況へ至るまでの話」をロゼールは改めて、ベアトリスへ聞いた。

ロゼールの立ち位置は、ベアトリスの『お付きの騎士兼話し相手』
ようは、ベアトリス直属の配下としてロゼールを迎えるという事。

そして、何と!
ベアトリスが「個人的に面白いから、飽きるまで」という理由だけで、
ロゼールには「メイドの格好をさせる」ともいう。

それらをすべて、ベアトリスの父フレデリク・ドラーゼ公爵が、
まずブランシュ男爵家の寄り親――派閥のボスである某貴族家へ、
ブランシュ家の派閥鞍替え話をつけた。

その上で、公爵がブランシュ家の当主たる父オーバンへ直接、申し入れ、
父は全てを了解したらしい。

ちなみに気になるブランシュ家の跡継ぎは、
新たに寄り親となったドラーゼ公爵家血縁の男子を送る事で話がついたという。

可愛がっている愛娘の頼みとはいえ、ドラーゼ公爵が行ったのは
……とんでもなく凄い荒業である。

話を聞き、ロゼールは推測した。

父オーバンは「了解した」ではなく、自分と同じように「命令された」に違いない。

しかし、身分格差のある、レサン王国の貴族社会とは「そういうものなのだ」とも、理解する。

そして、そこまで自分の才能を見込んで引っ張ってくれる、
ベアトリスに報いたいと強く感じる。

唯一、メイドの格好をさせる事が、元騎士のロゼールには少し不満であったが……
ドラーゼ公爵家で、新参の自分が上手くやって行く、折り合いをつける為、
飽きるまでという曖昧な限定期間付きで、「ベアトリスがわざわざ考えてくれた」と思うようにした。

それによくよく考えれば……
この4か月間は、いやいや修道服を着ていたのだから、メイドの格好をしても、
同じようなものだとも割り切る事にしたのである。

さてさて!
話の後、身の回りの荷造りは、何とベアトリスが、そして呼ばれたジスレーヌふたりが手伝ってくれた。

ちなみに、ベアトリスの荷物は、数日前、農園で作業中、
侍女が数人来て、作業を行ったという事だ。

荷造りが終わり、改めてベアトリス、そしてロゼールも花嫁修業を終え、
修道院を去る事が、シスター達全員へ報された。

明日いきなりベアトリスが修道院を去ると同時に、ロゼールも一緒に去ると聞き、
一般のシスター達はとてもびっくりしたのだが……
修道院長、そしてロゼール、ベアトリスふたりの教育担当のジスレーヌには、
1週間前、ベアトリスが内々で伝えていたらしい。

自分が修道院を去る事、その際説得してロゼールを連れて行く事を。

才あるロゼールを、このまま埋もれさせるわけにはない、
まずはドラーゼ家で引き立てると。

修道院長とジスレーヌはベアトリスの話に納得し、
笑顔で送り出してくれたのである。

……やがて、馬車は王都グラン・ベールへ入り、貴族街区へ……
そして貴族街区でも1,2を争う最も大きい邸宅、ドラーゼ公爵家邸前で止まったのである。