入学式の日の朝、早る気持ちを抑えられず、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
時間を確認し、もう少し寝ようかと目を瞑ったが一度開いてしまった目はなかなか閉じてくれず、諦めてベットから勉強机へと移動し、読みかけの本を読むことにした。

ピピピピ ピピピピ

隣の部屋から聞こえる目覚ましの音で本の世界から現実に引き戻された。本を読むのに夢中で全く気づかなかったが目が覚めてから既に1時間程が過ぎていた。
しばらくして、隣のドアが開く音が聞こえ、母が階段を下りるトントンという音がした。
私もリビングに行こうかと思ったがもう少し本の続きが読みたかったので「朝ごはんよ~!」と呼ばれるまで待つことにした。
それから、また三十分程が経ち、1階にあるあるリビングから「ご飯よ~!」と声が聞こえたので本を閉じ、階段を下りた。「おはよ」
リビングのドアを開け、台所で忙しそうに動き回る母に声をかけると少し驚いた様子で「おはよう」と返ってきた。
早起きが珍しいんだろうな~と思っていると、案の定
「あら、佳織が早起きなんて珍しいわね。悪い夢でも見た?」と言われて、予想の的中に思わず笑ってしまった。
「まあ、そんなとこ。」と笑顔で返すと母も笑顔で「それなら良かった。」と返してくれた。

「それじゃあ、行ってきまーす!」
忘れ物がないことを確認し、ドアを開け、一歩踏み出すと目の前に満開の桜が現れ、あまりの美しさに思わず息を呑んだ。
ハッと我に返り、頭を振り振り、駅への道を軽やかな足取りでどんどん進んだ。改札を抜け、ホームに着くと既にたくさんの人でごった返しており入学初日から満員電車に乗るのかと思うと少し気が滅入った。
それでもなんとか目的の駅で電車を降り、初めて見る町の景色にドキドキしながらなんとか学校にたどり着いた。校長先生の話にあくびをこらえながら入学式を終え、自分の教室へと帰って席に着くと、やっと落ち着くことができた。
少し緊張しながら周りを見ると、見たことのない顔ばかりで不安と共にワクワクとした気持ちも湧いてきた。
もう一度、ゆっくり周りを見渡していると突然横から、「ねえ。」と声をかけられた。急な呼び掛けに驚きながらも声の主の方へ顔を向ける。するとそこには、満面の笑みを浮かべた背の高い女の子が立っていた。その明るい笑顔を見た瞬間、突然声をかけられたことで芽生えた警戒心は姿を消し、代わりに話しかけられたことへの嬉しさで胸がいっぱいになった。
「はじめまして。私、白木楓。今日から一年間よろしくね!呼び捨てでいいよ。」
「はじめまして。私は吉田佳織。こちらこそよろしくね!じゃあ、私のことも呼び捨てでいいよ。」
お互い、簡単な自己紹介を終え、先生が教室に入ってくるまで話し込んだ。
「ヤバ、先生来たから戻るね。」楓は先生にばれないよう、腰をかがめて自分の
席へ戻っていったが、先生はその様子をしっかりと目で追っており、思わず掌でおでこを叩いた。
「はじめまして。担任の藤原海翔です。まあ、一年間よろしくな~。」
見た目からもっと厳しい先生なのかと思っていたが軽い挨拶に少し笑った。
周りからもクスクスと聞こえてきたので自分と同じ考えを持っていた人がいる
ことを知った。「はい。じゃあ、さっそくで悪いが自己紹介をしてもらうぞ~。」
先生は先ほど同様、軽い調子で話しているが『自己紹介』という単語が出た瞬間、教室が「え~。」と言う不満をあらわす声で埋め尽くされた。
先生は、そんな声を見事に無視して『自己紹介プリント』と書かれた紙を配り始めた。しばらくして、佳織の元にもプリントが届き、後ろの人に回しつつ、プリントに目を向けた。『誕生日』、『星座』などなどお決まりの文字が並び、順調に空白を埋めていったが最後に『クラスに一言!』と書かれており、悶々と考えている間に授業終了のチャイムが鳴った。
「はい。じゃあ、残りは家で考えてくるように。明日の一時間目に発表してもらうからな~。」先生はそれだけ言うと教室を出て行った。
「お疲れ~。プリント、全部書けた?」
今日は入学式と総合の二時間だけなので、せっせと帰りの用意をしていると楓が早速話しかけにきてくれた。
「ううん。まだ書けてないよ。楓は?」
佳織も質問を返すと楓は首を横に振り、「まだ~。」と答えた。
「そうだよね~。」と答えながら携帯の電源を入れたとき楓が思いついたように
「あっ、連絡先交換しよう。」と言った。
そういえばまだだったことを思い出し、連絡先を交換すると「じゃあ、また明日~」と言ってお互い手を振り、朝歩いた道を駅に向かって歩いた。