聞かなくてもわかる、誰のことを言っているのか。

そんなの1人しかいないもん。

確信に変えたくなかった。

「花絵ちゃんとは小学校から一緒だって、由夢ちゃんも知ってるでしょ?」

「…はい」

椅子に座ったまま、物寂しそうに暁先輩が話す。その声はいつも聞いてるはずなのに、どこか違う人に聞こえた。

「まだ3年生の時だったかな、それまでは花絵ちゃんも笑いかけてくれたんだけど…おはようって何気なく言った時、おはようって返してくれた顔が可愛いなって思ったんだよね」

「………。」

この間が抜ける感じ、すごく暁先輩だ。

あまりに自然にナチュラルにスムーズにノロケるから私の方が戸惑っちゃった。

「だから“笑った顔が可愛いね”って言っちゃったんだよね」

悲しそうに笑った。
眉をハの字にして、少し俯いて。

「それが…よくなかったみたい」

「……。」

「俺は本当に可愛いって思ったからそう言っただけなんだけど、それが逆に傷付けちゃったみたいで」

花絵先輩はわざと暁先輩の前だけ笑わないようにしていた。

それも自分を殺しているように、必死に。

それって何の意味があったんだろう?

「…だから笑ってほしくて、こんなことしてるんだ」


“暁先輩は何で青春リクエスション始めたんですか?”


それは暁先輩の花絵先輩を誰より愛しく想う気持ち。


「何したら笑ってくれるんだろーって考えてみたんだけど、案外早くすることなくなっちゃって。じゃあ誰かに聞いてみようかな?って思い付いたのが“青春リクエスション”だった」

あれもこれも全部、花絵先輩への気持ちでいっぱいだった。

私が想って来たこの時間も、暁先輩の中は花絵先輩しかいなかった。

冷ややかな体育館はとても虚しくて。

「マブはそれも全部知った上で手伝ってくれてるんだ。まぁあいつは楽しけりゃなんでもって感じだろうけど」

暁先輩が鍵盤の蓋を閉じて立ち上がった。

全然楽しくなさそうに私に笑って見せた。

「バカでしょ。好きな子の笑顔見たくてこんなことしてるの」

そんな風に笑わないでください。

私はどんな顔したらいいんですか。

「…軽蔑した?」

「…いいえ、そんなこと…ないです」






好きな子、それだけが頭に残った。