そう、あれは確か高校のとき、進路を決める頃の出来事だ。高校を卒業したら当たり前に就職すると思ったけど、驚くことに母は大学進学を勧めてきた。それがあまりにも嬉しくて、希望する学科を素直に伝えたら…。母の冷たい視線が改めて思い浮かぶと、又気分が沈んでいくのを感じた。

母が望む通り医者にも弁護士にもなれないから、それなりに就職がうまくいく学科を選んで、卒業したあとも最も給料が高い場所を選んで必死で稼いできたけど…。未だに母の望む「良い娘」にはなれそうにない。大学、就職、そして結婚までー。なにもかも母の希望を叶えてあげることはできなかったから。


「こんな夢見たって仕方ないのに、どうして今更…」

「どんな夢を見たの?」

「うわーー!!」


再び、声をかけられびっくりする。彩響はスプリングのようにベッドから立ち上がり、若い家政夫さんに向かって叫んだ。


「ーなに?!又なにかあるの?ノックしなさいって言ったでしょ!」

「あ、ごめん。つい。それより、これ。」


そう言って、林渡くんがなにかを渡す。思わずそれを手にとった彩響は、表に書かれている文字を声を出して読んだ。

「…『H調理専門学校オープンキャンパス』?」

「そうそう、来週うちの学校、入学希望者のためにオープンキャンパスを開催するんだけど、彩響ちゃんも来ない?俺そのとき体験のスタッフやるの。」

「へえ…行ってなにするの?」

「色々あるけど、来週のは実際料理作る体験。ほら、ここ。俺の写真も載ってるよ。」


林渡くんがパンフレットのページを捲り、あるページを指す。美味しそうな料理の写真と、あと白い調理服を着ている林渡くんの写真も見つかった。いや、まあここの学生さんだから写真が載っているのはおかしくないけど…。彩響は疑問をいだいて質問した。

「いや、でも私入学希望者じゃないよ。」

「いいよ、別に入学希望者じゃなくても。以前オムライス作ったとき、楽しかったでしょう?せっかくだから、ちゃんとしているところでおしゃれな料理作ってみたらどうかなって思っただけ。それに…。」

「それに?」

「俺の格好いい姿、見たくない?70点の男が調理服を着ると100点になるんだよ。もちろん、俺の場合130点だけどね。」

思わぬ返事に、彩響はぷっと笑ってしまった。ああ、そうだ。こいつはこういうやつだったんだ。…それでも、ここにいけるとは約束できない。


「いや、私その日もおそらく残業…。」

「そこをなんとか!俺、待ってるから。絶対来てね。ーじゃ!」


林渡くんは自分が言いたいことだけ言ってまた部屋を出て行った。全く、雇用主の言うことをこうも聞かないとは…。ブツブツ文句を言いながらも、彩響は手に持っていたパンフレットを改めて見直した。まあ、正直言って興味が全然ないわけではない。

しかしどうせ仕事で忙しくなるはずだし、そもそも入学したいわけでもないのにわざわざ行く必要性も感じない。そう思って、そのままゴミ箱にパンフレットを入れようとしたけど…一瞬手が止まった。


(いや、まあ…。なにかのネタになるかもしれないし。一旦キープはしておこうかな。)


せっかくくれたのに、露骨にゴミ箱へ突っ込むのもあれだし…。彩響は出勤用のバックの奥に、誰にも見られないようパンフレットを隠した。