――『愛してる』――

 最期にそう言った彼女の声は、どんな声だったか。
 今となってはもう思い出すこともできない。ただその声を聞くと、陽だまりの中にいるかのようにとても心が安らいだ。

 最期にそう言った彼女の顔は、どんな顔だったか。
 朧気ながらも、優しく柔らかい、儚い微笑みだったことを覚えている。
確か、涙は流していなかったはず。けれど、目に湛えた涙が陽の光に反射して、宝石のように輝いていた。
 これから消えゆく人とは思えないほどの、はっきりとした光と希望を宿していた。
 その瞳に映る自分は、絶望に打ちひしがれ、まるで幼子のように頬を涙で濡らし顔を歪めていたというのに。

 彼女の細くも柔らかな、しかし皺が多くなった手がのびてきて、俺の両頬を覆う。彼女の額と俺の額が触れ合い、彼女の瞳が間近に迫って――

――『待ってて、必ず見つけるから。その時は今度こそ、感情の贈り合い、しようね』――

 彼女の片方の手に重ねるようにして触れる。生きていた彼女と違って、温度を感じることはできなくて――それが今起きている別れが現実であることを思い知らせてくる。
 思わずその手を捕えておこうとするように掴んだ瞬間、徐々にその感触が曖昧になってきて、彼女の体が淡い光を帯び始めたことに気づいた。

――『大丈夫、また逢えるよ』――

 何の根拠もない言葉。
 普段ならそんな言葉を真に受けることはしない。けれど、それに縋る以外の感情の抑え方がわからなかった。

 不確かなものを少しでも確実にしようと足掻くように「約束だ」とか細い声で言えば、彼女は「うん、約束」と眩しいくらいの笑顔を浮かべながら言った――。