「それにしても、どうして感情を奪ってもらおうなんて考えになったんだ」

 単純な興味の延長線で、俺はそう彼女に尋ねた。

 すると彼女は「あー……」と言いながら視線を周囲の行き交う人々に向ける。
 そこで初めて、周囲の人々が彼女を白い目で見ていることに気づいた。
 死神なんて普通は見えるはずがない。傍から見たら、彼女は盛大な独り言を言っている変人だろう。

「ちょぉっとここでは話しづらいかなぁ……」

 苦笑して声を潜めながら彼女はそう言った。

 集団を意識せざるを得ない人間社会だからこその特徴だ。

 いわゆる“一般”から外れるものを必要以上に疎外することもある。だから“一般”の範囲に入るようにする必要があるのだろう。
 しかし、人間は一人一人同じということが決してない。確かに大体同じ、ということはあるが、しかしその“同じ”も場所によって違う。

 俺は人間の幅広さに対し、“一般”の範囲は狭く、そして不明確であるように思っていた。

 だからこそ不思議で、興味深い。

 “この人間と契約したからには、その不思議でしかない特性を知るためにも、多少なりとも合わせる必要はあるだろう。”

 そう考えた俺は彼女に、今いる横道の少し先にある公園で待っているよう言った。


 死神の姿でいるから普通の人間は認知できないだけで、彼らと同じ人間の姿をすればいい話。

 死神としての神格はそれなりにあると自負している。普通の人間に“人間ではないこと”がバレることはないだろう。
 何なら、人間として行動するのは初めてではなかった。

 まぁ、死神の特性上、契約していない人間の記憶に残りづらく、残っていたとしてもその記憶を維持するのは無理に等しい。
 ただ、衝撃的な何かが起こるだとか、印象深く残ってしまうだとかのイレギュラーがあった場合は、記憶に残ってしまうこともあるが。

 今この場で人間の姿に変えることはできるのだが、それでは周囲の人間からしてみれば、突然人間が現れたように映るだろう。
 不思議に思う程度ならまだいいのだが、衝撃的なこととして捉えてしまえば、その人間の記憶に残る可能性が出てきてしまう。

 死神としては、契約者以外の人間の記憶に残るのは避けなければならなかった。