さて、慎也が旅行中なら、ここにいても仕方ない。

私は、諦めて家に帰ろうと、廊下を歩き始めた。

その時……

ルルルルル♪

バッグの中で再びスマホが鳴った。

お母さん、何か言い忘れたのかな?

そう思い、スマホを取り出すと、そこには、「藤井 慎也」の文字。

えっ?

私は、慌てて通話ボタンをタップした。

「もしもし?」

「ああ、里穂ちゃん?」

慎也くんの声だ。

私はよく分からない思いで胸がいっぱいになる。

「うん、どうしたの?」

言ってから思う。
我ながら、なんて間抜けな質問だろうって。

だって、うちに私を訪ねてきてくれた直後の電話なんだもん、要件はそのことに決まってる。

「里穂ちゃん、今、どこ?」

どこって……

「慎也くんのアパート」

「えっ!?」

慎也くんの驚いた声を聞いて、私は我に帰る。

戻ってすぐに慎也くんのアパートに来るなんて、どれだけ会いたかったのか言ってるみたいなものだ。

「ううん、あの、その、そう! お土産! お土産を渡そうと思って来たんだけど、慎也くんいないから、帰ろうと思ってたとこ」

私は、手にぶら下げたお土産の袋を思い出して、慌てて言い訳をまくし立てる。

「そっか、ありがとう。俺、今、そっちに向かってるんだ。3時間くらいで着くと思うから、待ってて」

えっ?
旅行中じゃないの?

不思議に思いながらも、3時間後には慎也くんに会える喜びの方が大きくて、私は即座にうなずいた。

「うん、分かった。今、運転中?」

私は心配になって尋ねる。

「いや、サービスエリア。もう、休憩なしで戻るから」

慎也くんが私に会いに帰ってきてくれる。

いや、慎也くんにしてみれば、単に自宅に帰るだけなんだけど、なんとなく、言外に、会いたいって言ってくれてる気がして、嬉しくなった。

「無理しないで、気をつけて帰ってきてね」

「ああ、じゃ、また後で」

「うん」

そう答えると、通話は慎也くんから切れた。

きっと、今から運転するんだろう。

私は、再びスマホをバッグにしまって気づいた。

私、3時間もここにいるの?

自宅はここから徒歩10分なのに?

それに気づかない私も私だけど、それを知っててここで待ってろって言う慎也くんも慎也くんよね。

私は、昨日までの不安が嘘のように、くすくすと1人笑みをこぼす。

うん、じゃ、一旦帰ろ。

荷物を整理してから、3時間後にまた来ればいいよね。