今いるのは、何もない場所。森でも畑でも草原でもない。そう、荒野といったところか。
 そして、視界に移るのは、薄いベールのようなもので囲まれた街。
 ベールはなんだろう。バリア?結界?魔法の何か?ベールに囲まれている場所が中で、ベールに囲まれていない荒野が外……なのか。
 背中が痛い。
 頭を打っていたら死んでたよ。ひどい。傷害罪だよ。殺人未遂だよ。……でも、手も触れてないし、魔法で飛ばされた場合は犯人はどう見つけるんだろう。証拠もないよなぁ。
 とか、どうでもいいことを考える。
 たぶん、この世界の人間の命はそこまで重くない。立場でどこまでも軽くなる。
 魔力ゼロ……低級民と呼ばれる私のような人間は「殺してもいい」部類なのだろう。
 空は青い。太陽は一つ。地球と同じだ。だけれど、昼間の月が4つ出ている。太陽のまわりに4つの白い昼の月。
 どうしよう。日本に帰りたい。
 地面に寝ころんだまま空を見上げる。いいや、正確にいえば、背中の痛みで動けない。かろうじて動かせるのは、足首から下と肘から先と顔。
 熱も出るかもしれない。これ、動けるようになるのにどれくらいかかるんだろう。死ぬんじゃないかなぁ……。
 日本に帰りたいって思う前に、死にたくないって思わなくちゃだめな状態なんだろうなぁ。
 でも、やっぱり……一番心に上がってくる感情は日本に帰りたいだ。
 従妹のきららは、すごく嬉しそうだった。男がいれば平気なのかな。私は嫌だ。家族や友人すべてを捨てて一人の男性を選ぶなんて絶対できない。家族と縁を切れというような男は好きになれない……って「やだぁ、男の人から願い下げでしょう。誰も由紀姉さんのこと好きになるわけないじゃない。そりゃ、家族や友達は大切よね、くすくす」と、きららの幻聴が聞こえる。
『おーーーーい』
 ん?

 人の、声?
 すごく小さいけれど、人の声が聞こえる。
 助けてもらえる?
 いや、待って、低級民を助ける人がこの世界にいる?むしろもっとひどい目に合わされる可能性……。
 声は男のものだ。三十路だし、ノーメイクで眉の手入れもしてない身なり構わない系だけれど……女は女だ。もう動けない女でも使い道はある。
 絶望的な気持ちになった。
『おーーーーい、おーーーいってば、やっぱりむりかぁ……』
 声の主はまるっきり近づいてこない。声のしたほうに、目を向ける。