「うん。確実に重版決定だね。それから、夕食に行く前に会社に連絡したら、夏美ちゃんにイラストのオファーがいくつか来てるって。結構、大きい仕事もあるみたいなんだ。東京に帰ったら、一気に忙しくなるよ」
 夏美は頭が飽和状態になってしまって何を感じればいいのか、わからなくなった。『ICHIGO』を描いている時は、一生に一度の大きな仕事かもしれない、と自分を追いつめていたのだが、どうやらそうではないらしい、というところまでは理解できた。
「た、隆さん。私、喜んでいいんだよね…?」
「そうだよ。夏美ちゃんのこれまでが実ったんだ。大手を振って喜んでいいんだよ」
 そうか、そうなんだ…と、夏美は自分の手を握り締めた。ドキドキして動悸がおさまらない。
 いつの間にか食べ終えた皿は下げられ、デザートとコーヒーがテーブルに置かれていた。サーブされたのに気がつかないくらい、夏美は動転していたんだな、と改めて思い、息を吐いた。
「夏美ちゃん。でも、僕が今日、夏美ちゃんを沖縄に誘ったのは、『ICHIGO』の話をしたかったっていうのもある。でも、本当は、もう一つあるんだ」
 隆の声が低くなっている。
 夏美は、背筋がすうっと冷たくなった。
 さっきまで舞い上がっていた心が急降下していく。
 なんだろう。隆さんの、こんな顔、見たことない。
 いつも夏美ちゃん、夏美ちゃんと子犬のようにじゃれてくる隆ではない。何か、決定的なことを言おうとしてる…?
「夏美ちゃんが、本格的にイラストレーターの仕事に追われるようになったら、今までとは違ってくるよね。滅多に会えなくなるだろうし…僕は、そんなのは…」
 どくん、と胸の奥が鳴った。甘えん坊の隆にとって、恋人と逢えなくなるのは、耐えられないのかもしれない。 
逢えないんなら、もうつきあうのをやめたい。そういうこと…!
 一気に振られる想像をした夏美は、目じりに涙がにじんでしまった。それを見た隆がはっとして、慌てる。
「わあ、夏美ちゃん、まだ泣くところじゃないよ。これからだよ!」
「これからって振るんなら一緒じゃない!」
「どうして、僕が夏美ちゃんを振るの!」
 隆がいつもの笑顔に戻って言ったので、夏美はちょっとほっとしてきた。
「ち、ちがうの…?」
「違うよ。もう、ちっともシナリオ通りいかなくて、まいっちゃうなあ。あのね。これを見て」