御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~

 隆の言うように、確かに夏美のこの半年のスケジュールはキツかった。平日は、パートに行きながら、夕方から深夜までは、絵本の制作に携わっていた。そして週末には濱見崎と会い、密に打ち合わせを重ねた。濱見崎のダメ出しは厳しく、描きなおしを命じられることも少なくなかった。
 それだけでも手一杯のところに、夏美のもとにちらほらとイラストの依頼が来るようになってきた。隆の助言もあり、インスタグラムにイラストをアップする頻度を増やすと、じわじわとフォロワー数があがっていき、仕事の話も舞い込むようになったのだ。
 おかげで、もう給料日前に空っぽの冷蔵庫の前で唸ることもなくなった。
「もっと元気な感じで、明日を迎えたかったんだけど…」
 レモネードを飲みながら、夏美は呟いた。
「うん。とうとう明日、だもんね。緊張する?」
 明日、というのは、濱見崎と制作した絵本の発売日だ。書店に並んだ絵本を見て、隆と陽気にビールでも飲みながらお祝いできたらいいな、と思っている。絵本のタイトルは苺という少女の物語なので、「ICHIGOぶっく」といった。
「緊張はしない。もう、やりきった、から」
 体は熱のせいでしんどかったけれど、心の中は晴れ晴れとしていた。やるだけやった、という仕事の達成感があった。確かに絵本の売れ行きは気になるけれど、夏美のイラストレーターとしての人生は、まさに始まったばかりだ。フリーランスとして、どこまで頑張れるか、自分を思い切り試してみたい気持が大きかった。
「夏美ちゃんには、そういう男っぽいところが、あるよね」
 隆が言った。
「お、男っぽい?」
「うん。仕事に全力で立ち向かっていく侍みたいなとこ、あるよねえ。僕も仕事は好きな方だけど。なんか、負けそうだ」
 夏美は慌てて隆に向き直り、レモネードをこぼしそうになる。
「そんなこと言わないで。私が頑張れるのは、隆さんがいるからだよ。隆さんが、頑張れって言ってくれるから、思い切り頑張れるんだよ」
「本当?」
 小声で隆が囁きながら、夏美に顔を寄せてくる。
 夏美は隆の唇に手に持っていたマグカップをそっと当てる。
「ダメ。風邪、うつっちゃうから」
「ほら、やっぱり男っぽい」