それからいくつかバイトを点々とし、今のコールセンターに落ち着いた。朝8時半から16時までで、週五日勤務。主婦のパートタイマーが多いシフトだ。社風自体がのんびりしたところがあって、夏美の仕事はある意味営業職なのだが、ノルマがあるわけでもない。
数字に追われてギスギスすることもないので、イラストにも力が入れられる。
 ただ、このシフトだと、独身で独り暮らしの夏美には生活がぎりぎりだ。節約に節約を重ねても、大抵給料日前にはお財布がすっからかんになってしまう。
 そこで始めたのが、現金収入のある似顔絵描きだ。
 夏美はいそいそと公園に向かった。所定のベンチに座って、隣に看板代わりのスケッチブックを立てかける。
『似顔絵描きます 一枚 五百円』
 夏美はそ知らぬ顔で、クロッキー帳を開く。じっと目を凝らして通りかかる人を狙っていると、必ずひかれてしまう。だから、何気なく余裕を持ったフリをしてクロッキー帳に絵を描いているのが一番いいのだ。
 思いがけず、声をかけてくれるお客さんがいることもある。五百円を夏美は大金と思っていて、一日に二人でもお客さんがいれば万々歳だ。
 十一月の割には、風もそう冷たくない。似顔絵を描く間、お客様を待たせてしまうので、気温は大いに関係する。
 一時間ほどクロッキー帳に向かっていたら、若いカップルが声をかけてきた。
「あのう、二人でも五百円でいいですか?」
 あどけない大学生風の女の子がそう言った。夏美はダメです、と言える性格ではない。眉毛をはの字にして、いいですよ~と言ってしまう。
 十分後、似顔絵は完成し、キラリと光る五百円玉を夏美は手に入れた。大金が手に入った、と夏美はほくほくして近くのコンビニに行って肉まんを買った。
 コンビニの肉まんは、給料日前の夏美にとって大のごちそうだ。お昼はミカン一個ですましていたので、お腹はすっかりへっている。
 さあ、ベンチでこれを食べながらお客さんを待とうっと。
 と、さっきまで夏美が似顔絵を描いていたベンチを見ると、小柄な老婦人が、ちょこんと座っている。
 老婦人の横にはそのままにしてあった『似顔絵描きます』のスケッチブックがあった。
 夏美は要領を得ず、老婦人におそるおそる声をかけた。
「あのう、似顔絵をご希望でしょうか…?」
 老婦人は、夏美の問いに驚いた顔をした。