悠くんといるとあっという間に家に着いてしまう。


「今日も楽しかったよ」

「俺も楽しかったよ。また出掛けようね」

「うんっ」


毎回別れ際は寂しさを感じてしまうけれど、悠くんの『また』が嬉しくて頬が自然と緩んでいく。


ふいに悠くんの両手が私の肩に置いた。

今では恒例のキスの振りだ。

私は緊張しながら、キスを受け入れるみたいに瞼を閉ざす。


だけど、悠くんの手はすぐに離れることはなかった。



「────響のことが好きだよ」


吐息が耳に当たると同時に、今まで聞いたことのない甘さのある低音が私の鼓膜を震わせた。


「……っ!」


耳が熱い……咄嗟に私は右耳を手で抑えていた。

あまりの悠くんの甘さは、本心から出た言葉だと錯覚してしまう。

自惚れちゃだめ!


「お、お芝居だよね……っ、ストーカーに聞かせる為だよねっ」


私は慌てて悠くんに近寄り、いるかもしれないストーカーに聞かれないように声をひそめる。

きっとそうに違いないっ。

悠くんが私を好きになるなんてありえないよ……っ。

だけど、悠くんは私の問いに対して肯定も否定もすることはなく、微笑んだだけだった。 


「またね」

「う、うん……」


動揺して真っ赤な顔をしているだろう私に対して、悠くんはいつものように穏やかな笑みを浮かべては私に手を振った……。

私はその背中を見えなくなるまで見つめ続けていた。




“眠れない。別れ際の言葉が頭から離れてくれないの”


スマートフォンを操作して、鍵付きのSNSに気持ちを吐き出す。

それでも落ち着くことが出来ず、悠くんの声を思い出しては記憶の中の甘さに浸ってしまう。

きっと私の顔は原型が留まらないほど間抜けなものになっている。

悠くんはずるい人だ。

私をこんなに夢中にさせて、あがれないところまで落としていく。


私は抱えきれない想いをもてあまし、一夜を明かしてしまった。