当然のことながら、「あの子」こと栗山 華世ちゃんの挨拶は、彼女の友人に向けられている。

余程、慌てて来たのだろう。

顔を真っ赤にして、額に汗を滲ませる姿も愛らしい。

俺は彼女の姿だけでも見れて、満足する。

俺たちは幼稚園からの幼馴染みとは言え、朝も部活の朝練などで会わないし、ほとんど会話もしない。

この前のテスト期間に、偶然にも家の前で鉢合わせたのが、奇跡みたいなものだったのだ。

さて、ホームルームまで仮眠を取るために、教科書で枕を作ろうとすると、彼女とその友人の会話の続きが聞こえてきた。



「あれ? 華世。今日、お弁当2つなの? あ! もしかして、私の分?」

「んえ! ああ、ごめんね。これは違くて……」

「ええ! まさか! 彼にお手製のお弁当?!」

「違うんだって! 預かり物です! 忘れてた! 渡さなきゃ」



その会話の後、足音が何やら、こちらに近付いて来ている気がする。

そして、足音が俺の横で止まる。



「け、健太くん。おはよ……」



先ほどの元気な忙しない声色とは、打って変わって、大人しいどこか恥じらっているように聞こえた。

俺なんかに、そんな声で話掛けてこられたら、むず痒くて仕方ない。

こちらは必死で平静を装って、顔を上げる。



「ん、おはよ」



彼女の表情は、まさに挙動不審のそれで、思わず吹き出してしまった。