「……さっき拾ってた紙に。字が書いてあるのが、ちらほら見えたから。あれは、海藤に渡す手紙だったんだと思って」
「私が海藤くんに宛てたと思ったの?」
尋ね返すと、健太くんはこくんと頷く。
「そんな訳ないよ! 前も言ったでしょ。海藤くんは私にとって『画面越しの芸能人』だって。好きだなんて感情、これっぽっちも無いよ」
彼の何故かしら顔に力が入った、今にも泣き出してしまいそうな表情が、一気に緩む。
そうか、を繰り返し呟く健太くんを、ただ見つめた。
「そうか」のその合間で、健太くんが小さく何かを言ったようだが、うまく聞き取ることが出来なかった。
教えてほしくて、何度も聞き直してみても、何でもない、の一点張りで、どうにもならない。
もう告白をする雰囲気でもないし、何より私には、もう、お守りもなくなってしまった。
――ああ。せっかく2人きりになれたのに。言うときは、きっと今なのに。
情けないことに、勇気が全く出てこない。
やっぱり、あのお守りは私にとっては、途轍もない力を持っていたのだ。
ただの紙切れだったとしても。
今日は彼の顔を何回、見たところで言い出せる気がしない。
良い言い方、言葉が思い浮かばなかった。
「健太くん。今日も部活あるんでしょ? 時間は大丈夫なの?」
何も浮かばない私が、やっと口に出来たのは、この場から相手を追い出そうとする、自分都合な言葉。
助けてくれるヒーローみたいな相手に対して、言って良いことじゃないのは分かっている。
でも、他に言えることも、特に無い。
「普段、早く行き過ぎてるだけだから、これくらいじゃ、遅刻にはならない」
「そっか……」
そうして、また沈黙が訪れる。
「俺、実は……」
沈黙を破ったのは、基本、寡黙になった筈の健太くんからだった。
自分から発するということは、よっぽど訴え掛けたいことなのだと思いたい。
耳を傾けて、よく聞く体勢を取る。
「……次の公式試合、マウンドに立てるかも」
「それって……!」
「うん。1年生で唯一、試合に出させてもらえるかもしれない」
「やったね! おめでとう!」
まさかの報告に、私の方が興奮気味に応える。
そして、無意識に体が動くまま、健太くんの右手を、私の両手で包み込むように握った。