「あれが、あの人にとっての精一杯なんだよ」
いつも顔を見る度に、感情の宿らない瞳をしていた彼だ。
そんな彼が、興味も無い筈の他人の私のこと、それどころか自分自身以外の他人の未来を気にしてくれた。
今となっては、私としては彼を責める気なんて、さらさら起きない。
『自分の為に生きない人生なんて、何の為に産まれてきたのか、分からなくなるじゃん』
――だから、それは本当に好きだと、私のことを想ってくれるひとと、これから必ず出会う筈だから、大丈夫だもん。
『目の前に居る目標の人を、わざと敢えて見逃して』
頭の中では、次々に海藤くんに言われた鋭い意見が駆け巡る。
その脳内に響いてくる言葉たちに、意識させられざるを得ない。
その言葉たちに促される様に、健太くんの顔を見てしまう。
――この人を敢えて、見逃すなんて。
こんなに私のピンチに毎度、駆け付けてくれて、壊れそうな物を優しく扱う様な手つきで、直ぐに行動にうつしてくれる人。
正直、そんな人を逃してしまうなんて、惜し過ぎる。
もう二度と、そんな人は現れないかもしれない。
その間にも、健太くんだって他の女子を好きになるかもしれない。
そもそも、既にそういう相手が居るのかもしれない。
想像しただけで、胸が締め付けられる。
でも、胸が苦しくなるなんて、とっくに予想出来ていたことだ。
――だって、私は健太くんが、他の誰でもなく、彼が好きだ。
健太くんと目が合った瞬間、突然、淋しくて堪らなくなった。
そんなつもりも無かったのに、涙が滲む。
私の泣き顔に、健太くんはぎょっ、とする。
そして、私の手首をゆっくりと引っ張った。
驚く私を諭すように、優しく言ってくれる。
「華世ちゃん。もう大丈夫。ついてきて」
紙切れは全て拾い終わったであろう昇降口を出ることなく、スリッパのままで校内へと、手を引かれるままに戻っていく。



