部屋に入った途端、まるで高原にいるようなさわやかな空気を感じた。今日は少し暑い日だったが、部屋の中は涼しげで、適温を保っているようだ。
(これは、お父様の魔法かしら?)
 前世の知識でいうならば、部屋にエアコンと空気清浄機がついているようなものだ。父は母のため、この部屋に常にその魔法を発動させているのだろう。
 父の、母に対する愛の深さを改めて思い知る。
 自分自身にさえ関心のなかった父を、ここまで夢中にさせる母も、素直にすごいと思う。
「セシリア」
 柔らかな声がして顔を上げると、ソファーにもたれかかるようにして座っていた母が、優しく手招きをしていた。素直にその手を取ると、細い腕でそっと抱き寄せられる。
 あいかわらず、溜息が出るほど美しい母だ。
「お母様……」
「あなたも、もうすぐ十二歳ね。ごめんなさい、セシリア。わたくしのせいで、いつも寂しい思いをさせてしまって」