◇◇◇

 コツコツとヒールの音が響き渡る。
 先を歩いていたシャテル王国の王女ミルファーは、苛立ったような顔をして立ち止まった。
「お兄様。躾のできていない駄犬を連れ歩くのはお止めください。あの人を本気で怒らせてしまったら、どうするのですか?」
 冷たい視線に、棘のある言葉。
 先ほどまで、セシリアの前で見せていた表情とはまったく違う。
「……すまなかった」
 王太子アレクは、即座に妹の言葉に謝罪した。
「わかればいいのです。これからのお兄様の使命は、ブランジーニ公爵令嬢を誘惑すること。彼女に、自分から婚約したいと思わせることです。いいですか?」
「だが、彼女にはあの守護騎士がついている。下手に近づくのは……」
「さりげなく、少しずつ仲良くなればいいのです。あのふたりは当分、遠ざけてください」
「……わかった。できる限りのことはする」
 アレクが頷いたことを確認すると、ミルファーはにこりと笑い、歩き出した。
 その後ろ姿を見送り、アレクは深く溜息をつく。
 どう考えても、ブランジーニ公爵令嬢とその守護騎士は相思相愛だ。あのふたりの間に割り込めるとは思えない。
 それでも妹の命令なら、アレクは従うしかなかった。
 王太子で、兄である自分よりも、妹のミルファーの方がずっと強い魔力を持っているのだから。