その昔、一人の男が怒りに我を忘れ、剣をとった。

 村が鮮血に染まった理由は、男の腕ではなく飢饉に体が弱りきった者が多かった為であるが。

 刃から肘へ滴る鮮血に、男はその刀身を眺め、浸ってしまった。

 肉を断つ、その快感に。

 仇の隣家へ、長い刃を地に引きずり、赤い血を顔につけ。

 二件、三件、悲鳴が男を高揚させた。

 逃げ惑う女の足を、命乞いする老人の腕を。

 血しぶき舞うそこは、まさに地獄か。

 橋を越え、隣村へ、山を越えさらに遠くへ。

 いつしか男は狂った鬼、狂鬼(くるいおに)と呼ばれた。

 悦が飽きへと変わる頃、なまくらとなりかけた刀身を、踏み付け、二つに裂いた。

 刀を磨くという知識がない為であった。

 奇しくもその行為が、すでに邪剣となったその刀の覚醒への引き金になってしまった。

 二つになった刀は意思を持ち、いつしか男は刀の意思のまま人を切る真の鬼になってしまった。