「君は年齢の割に驕りが少ない。素直なんだろうね。
だからまだ確りしてると思う。でももう少し服のセンス
というかバリエーションはあったほうが良いかな」

 そう言ってチラリと甘い匂いを漂わせる私を見る。

「社長命令で給料上げてくれたら考えます」
「これから頑張って給料相応の人材になろうね新人君」
「ですよね」

 その使える人材になれる日は何時来るのかと、落ち込んだ事を
思い出してしまってちょっとだけうつむく。

「このままではただ意地悪な上司だな。出かけたついでに見よう」
「見るだけ?」
「君が気に入れば買えばい……、買ってあげるよ」
「やった」

 こちらがじっと見つめると軽いため息と共にそう言って笑った。

「その代わり出資した分は私にもリターンを要求する」
「なんですか?私に与えられるものと言えばこの身一つなんですけど」
「恋人にそこまで言わない。私にも口出しする権利を与えてもらうだけ」
「良いですよ。どうせ普段着を見せる相手なんてそんな居ないし」
「そういう腹づもりだから堕落して居られるんだね。ある意味大物だ」
「散髪屋には2ヶ月おきに行きます」
「そこはサロンと言いなさい」

 冗談ぽくでなく、わりかし真顔で言うので本気なんだろうな。
確かに周囲には美容にお金をかける子が多かったし、女子なのに
お金をかける場所を間違っていると言われたこともあった。

 あの時は何のことかさっぱり分からずに曖昧な返事をしたけど。

「そうそう。よくすれ違うオジサン社員さんはよくニヤニヤしながら
女子社員を見てることがあって。けど、誰でもじゃないんです。
私なんかお子様扱いで、見てるのはプロ級メイクで体も綺麗な人。
やっぱり男の人って自分磨いてる女子のほうが良いんでしょうね…」

 今は少し分かる。身だしなみって大事。信用に関わる。
元から美人ならもっとラッキーだけどそこはどうしようもないので。
そこはもう努力しか無い、と。

 他に比べ格安の部屋代だけど食費やその他生活費で消える給料。
そこそこの化粧品を揃えて定期的な散髪に行くのがやっと。

「中々に情報量が多いんだがまずそのオジサンを詳しく教えてくれるかな。
ああ、明日会社に私宛のメールでいいから。今は聞きたくないから結構」
「私も見られたらいい女って事ですよね」
「まさか嬉しがってる?」
「嫌ですよ?でも、女ですらないお子様扱いよりは」
「呆れた」
「女性におモテになって人生経験も豊富な人には分かりませんよね」
「どんな経験をしていても君との関係の指針にはならない」
「……、私も」

 元々疎かったのもあるけど青春はほぼ家の為に時間を費やしてしまい
初恋こそ経験しながらも甘い異性との経験なんて殆ど無かった。
同級生は殆どが中学生あたりで脱処女していたけど私は成人してから。
 それもつい最近の出来事だった。

「とにかく。週末の予定が大体決まったね」
「楽しみ」
「そろそろ寝たほうがいい。君は毎回慌てて起きて準備してるから」
「車乗せてくれたらもっと心に余裕が生まれるんだけどな」
「この部屋を出たら上司と部下。叔父と姪はその後で、恋人は最後。
そう約束したろ。新人が上司の車に乗ってくるなんてあり得ないよ」
「ちゃんと覚えてます。甘えて良いのはこの部屋の中だけ」
「後は休日」
「はい。私は新人のペーペーなので大人しく寝ます」
「素直なのは良いところ」

 自分の部屋に戻るとベッドに寝転ぶ。借りている空間は6畳ほど。
クローゼットあり。高層階なので窓からは綺麗な夜景が見える。
 けどそれを眺めるのは1日で飽きてずっとカーテン。
 
 アラームを設定して早めの就寝。いつもついゴロゴロして夜ふかし気味。
それで朝困ると分かってるのについ色々考えてしまう。
 たまにしか顔を出さない実家のこと、私のこれからのこと、彼のこと。

 でも今日は強引にでも早く寝なくては。

 元から寝付きが良くてすぐ眠れたけど何かと悩む仕事を始めてからも
すぐに眠れるのは良かった。のかな。