家に帰ったらモヤモヤが消えると思ったのに増えた!
 ワイングラスを握りしめたまま正面に座っている社長を見る。

「最初からと言われてもね。君も見ていた通り少し話をしたけど。
彼女がお茶に毒物を仕込み無関係な女子社員が倒れた。
それが結果であり事実であって。他は取るに足らない事だよ」

 彼はこの話題について退屈そうにグラスをゆっくりと傾ける。
 その姿はドラマみたいで様にはなっているけど。

「そんな急に飲み込めと言われても無理です」

 行動するならそれは当然結果を求める意味があるはず。
まるで推理小説を飛ばし飛ばしに読んでいるかのような変な感じ。
 能力を考えたらある意味そうなってしまうのだろうけど。

「ああ、そうだね。君は何時も飲みこ」
「ストーップ。飲酒してるからってハラスメントストーーーップ」
「嫌がらせとは心外だ」
「あのですね。事件が解決したのは良かったですよ?でも彼女は
これからも会社でやっていく自信満々で私に声をかけてきたんです。
それで自首って言われても…同じ人じゃないのかも?あれ?」

 戸橋さんは彼女しか居ないはずだけど。ああ、混乱する。
あの勝つ気満々の顔を今でも思い出せるのに。
 納得しろと言われてもどう折り合いをつけるべきか。

「理由をつけるなら好奇心かな」
「誰でもいいから毒を入れて苦しむ姿を見たかったって事ですか?」
「いや。見たかったのは私の力」
「教えるような仲で」
「まさか。彼女には警察のお友達が居るそうだから」
「あの刑事さん?!」

 仲良しの友達には見えなかったけど、それでも酷い。
身内だと知ってたのもそこからか。今となってはどういう方法で漏れた
のかはもう考える気もないけど。
 あの刑事さんが信用に足る人じゃないことは確かになった。

「好奇心は厄介だから気をつけないといけない。
騒いで煩いだけでは済まずに中には犯罪すら厭わない連中が居る。
力の整理が出来ていない子どもの頃はそれで苦労した」
「創真さんのこどものころ……」
「ほらここにも好奇心の塊がひとつ」
「はい。いっぱい有るんですけどやっぱり怖いです?」
「料理してるんだろ?そろそろ良いんじゃないかな」
「あ。そうだった」

 誰でも良かったのならもっと目立つ席でもいいのに。
私の座るはずだった席に置いたのは……。犯人が戸橋さんだったのなら、
社長は口にはしなかったけど、
 やっぱり彼女の意識の中で私が酷い目にあえばいいと思ったのかな。

 しかもその行動は全て社長の持つ特殊な能力を見るため。

 本来なら絶対に辿れるはずのない自分の元へ社長が来て彼女は
嬉しかっただろうな。じゃあ、それで満足して自首したってこと?
 それでもまだ変な気もするけど。

 私には狂っている人の心は読めないしもう考えるのも嫌だ。

嫌でもこんな感情をリアルに体験しないといけないのだから。
 あの人は本当に凄いんだな。と勝手に思う。

 気を取り直して台所で温め直してご飯をよそって。
 汁物もお椀にそそぎ。

「……咲子。これは何ていう物?」
「肉じゃがという食べ物ですよ。社長には庶民的過ぎて分かりません?」
「私の記憶と違ったものだからつい」
「家庭によって違うんですよね。味付けとか見た目とかお肉の種類とか」

 テーブルに配膳すると社長が固まった。こんな顔初めて見る。

「先に食べると良いよ。私はちょっと部屋に忘れ物が」
「毒は入れていませんけど貴方が戻ってくるまでには入れるかもね」
「頂くよ。もちろん。頂くさ」

 箸を持つ手が小刻みに震えている人を見るのも初めてだ。
私が見つめる中彼はそっとじゃがいもを口に入れて咀嚼する。

「創真さんの好みの味だったらいいな」
「……っ…う」
「う?う…嬉しい?そんな」
「う……うぇえ…っ」

 聞いたこと無い声を出し口元を手で抑えつつ、でも私が見ている
からか必死に飲み込む。体が拒否をするとこんな感じになるんだ。
なんて思って眺めていると彼は無言で水をガブ飲み。
 残っていたワインも飲み。チーズを食べて深呼吸して。

「家のレシピなので子ども向けの味だったかな」
「そうだね、……死を、意識したね……」
「もっと改良しないと」

 そんなにひどい味?と自分で食べてみるけどちょっと甘かったかな?
というくらいで普通だと思った。普段からサラダ系ばかりだから
 濃いめの味付けが苦手なのかも。次はさっぱりしたものに挑戦しよう。

ってぼそっと言ったら

「怖い」

 と真顔で言われた。


 食後は明るい話題をしようと提案をして、週末私と友人が利用
するホテルのHPから予約した部屋の写真を一緒に見る。

本来はラブホテルという事であまり良い印象を持ってないようなので、
 少しでも理解を得られるかとの期待も含め。
 
「広いし見た感じ綺麗でしょ?夢が詰め込まれた部屋なんです」
「なんだか落ち着かない部屋だね。パーティで騒ぐための場所の
ようだからそれでいいんだろうけど」
「映画も観えるようですよ。興味持ちません?」
「いや」
「そっか。……年齢的にこういうのは無理か」
「怒ってもいい?」
「いやん」

 アピールしてみるものの結局興味をもたせることは出来ず。
今度は2人でこういう所にも行ってみよう!とはならなかった。
デートの帰りに寄っていくとかそんな事は一度もなくて。
 ちょっとした例外はあっても基本は家な事に不満はない…ケド。

「君の経験談を聞いてまた考えるよ」
「ラブホは利用経験が無くて」
「違う。この部屋の話であって君の過去を聞いてるんじゃないっ」
「そんな本気で怒らなくても」
「全く」
「……おこりんぼおじさん」
「本当に成長したよね君は。私に喧嘩を売れるようになるなんて。…買うぞ」
「あ!創真さんが行くログハウスが見てみたいです!写真とかありませんか?」

 最後の言い方があまりに本気すぎてゾッとするので話題変更。