四角い部屋の水槽 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

 「いやさ、水質管理も掃除も大変なの知っ
てるけど、意外過ぎて訊けなかったんだ。
五十嵐さんの口ぶりだと、ちゃんと世話出来
てる感じだったし、今までしっかりしてると
ころしか見てこなかったから、まさかこんな
状態になってるとは思わなくて。あの中さ、
何が泳いでるの???」

 尚もくつくつと笑いながら、揶揄うように
そう訊ねた俺に、彼女が口を尖らせる。

 その表情も初めて見るもので、新鮮だった。

 「テトラとグッピー。もう!滝田くんが来
るってわかってたら、ちゃんと掃除したのに!
始めの頃はすごく綺麗にしてたのよ、本当に。
でも、掃除してもすぐコケが生えて来ちゃう
から面倒になって、明日やろう、来週やろう、
って思ってるうちにああなっちゃったの」

 「わかった。わかった」

 青白かった頬をほんのり朱に染めてそう(のたま)
う彼女の頭を、ポンポンする。ごく自然に
載せられた手の平に、そうして、思いのほか
二人の距離が縮まっていることに、戸惑いの
色を隠せないまま、彼女は俺を見つめている。
 その眼差しをまっすぐに受け止めると、俺
は笑みを止めた。そして、今感じていること
を、感じるまま、口にした。

 「こういうの、ギャップ萌えって言うのか
な。今まで知らなかった五十嵐さんのこういう
一面を知れて嬉しいと思うし、もっともっと、
色んな顔を見たいと思うよ」

 頭に載せていた手で、するりと彼女の短い
髪を撫でる。滝田くん、と、堪らない顔をして
名を呼ぶ彼女に、俺もまた、堪らない心地で
言葉を続ける。

 「髪、切っちゃったんだな」

 ゆるりと、やさしく撫でながら言うと、彼女
は目を伏せて頷いた。その理由が俺にあること
が、どうにも歯がゆかった。

 「短いのも似合ってるけどさ、もう、こんな
風には絶対に切らせないから。だから、あと
少しだけ待っててくれるかな?」

 「待つ……って?」

 「今日やっと、吹っ切れたんだ。だから次は、
必ず俺からデートに誘う。で、その時に俺から
気持ちを伝えるから、それまで少し待って
欲しい」

 彼女の目が大きく見開かれる。
 その目がみるみるうちに潤んでいき、一筋の
涙が零れ落ちる。



-----胸が苦しかった。



 彼女の想いに気付きながら、応えられずに
いた自分を、ずっと待っていてくれた瞳だ。
 
 俺は彼女を抱き寄せた。

 腕の中に抱いた肩は、想像していたよりも
頼りなかった。

 「……もう、ダメだと思ったの」

 「うん」

 すん、と鼻を啜りながら涙声でそう言った
彼女に、俺はただ頷く。
 肩を震わせながら、胸に詰まる息を吐き出
しながら、彼女は訥々と話し続けた。