「熱、大丈夫なの?」
ようやく、そう切り出すことの出来た俺に、
彼女は小さく頷いた。
「昨日病院行って抗生物質と頓服貰ったら、
すぐに下がった。インフルの検査してみたら
陰性だったから、安心しちゃった。年に一度
はこういう熱出しちゃうのよね、私。疲れが
溜まって免疫力が落ちると出ちゃうみたい。
心配かけてごめんね」
そう言って、ふふ、と笑って見せた彼女
の額に手を伸ばす。手の平で触れた額は平熱
よりも幾分、高いように感じる。現に、彼女
の顔は透きとおるように白く、寒々しそう
だった。俺は、驚いたように自分を見つめて
いる彼女の前髪を、そのままそっと梳いた。
指先で触れた髪は、急いで顔を洗ったから
か、まだ少し湿っていた。
「今度熱出たときは、俺を頼ってよ。普段
連絡取り合ってるのに、肝心な時に役に立て
ないと、なんか寂しいし。仕事で忙しくても
メール1本くれれば、こうやって帰りに立ち
寄れるんだからさ」
俺は手を引っ込め、彼女の顔を覗く。
この数週間、連絡を寄越さなかった彼女は、
信じられないと言いたげに目を見開いている。
当然の反応かも知れない。
長いこと、はっきりとした態度を示さない
まま、ずるずると会ってきたのだ。
こうして自分から彼女に触れるのも、優し
い言葉を掛けるのも、初めてのことだった。
「……うん。わかった」
急に俺の態度が軟化したことに戸惑いながら
も、彼女はやわらかに笑んで頷く。
その笑みに、ふわりと胸の内が温かくなるの
を意識ながら頷き、そうして、さっきから
ずっと気になっていたことを訊いた。
「ところでさ、さっきから気になってたんだ
けど」
テーブルに身を乗り出してそう言うと、彼女
は「なあに?」と小首を傾げて見せた。
「あそこのアレ、前に言ってた熱帯魚の水槽
だよね?」
すっ、と部屋の隅を指差し、彼女の顔と水槽
とを見比べる。俺の指差す先には、楕円形を
半分にしたようなお洒落な水槽がチェストの
上に置かれており、けれど、その表面は緑の
コケで見事に覆われていて、中に魚がいるこ
とさえ、わからない。
要するに、実家の水槽と寸分たがわぬものが、
この四角い部屋の片隅にあった。
「あーー、あれね。うん……言ってたヤツ」
彼女は悪戯がバレてしまった子供のように
両手で顔を覆うと、何度か頷いた。
俺はその答えに「だよね」と口にすると、
堪えきれず、くつくつと笑い出す。
本当は部屋に入った瞬間に目がいっていた
のだが、あまりの惨状に訊いていいものか、
それとも触れないほうがいいのか?
密かに悩んでいたのだった。
ようやく、そう切り出すことの出来た俺に、
彼女は小さく頷いた。
「昨日病院行って抗生物質と頓服貰ったら、
すぐに下がった。インフルの検査してみたら
陰性だったから、安心しちゃった。年に一度
はこういう熱出しちゃうのよね、私。疲れが
溜まって免疫力が落ちると出ちゃうみたい。
心配かけてごめんね」
そう言って、ふふ、と笑って見せた彼女
の額に手を伸ばす。手の平で触れた額は平熱
よりも幾分、高いように感じる。現に、彼女
の顔は透きとおるように白く、寒々しそう
だった。俺は、驚いたように自分を見つめて
いる彼女の前髪を、そのままそっと梳いた。
指先で触れた髪は、急いで顔を洗ったから
か、まだ少し湿っていた。
「今度熱出たときは、俺を頼ってよ。普段
連絡取り合ってるのに、肝心な時に役に立て
ないと、なんか寂しいし。仕事で忙しくても
メール1本くれれば、こうやって帰りに立ち
寄れるんだからさ」
俺は手を引っ込め、彼女の顔を覗く。
この数週間、連絡を寄越さなかった彼女は、
信じられないと言いたげに目を見開いている。
当然の反応かも知れない。
長いこと、はっきりとした態度を示さない
まま、ずるずると会ってきたのだ。
こうして自分から彼女に触れるのも、優し
い言葉を掛けるのも、初めてのことだった。
「……うん。わかった」
急に俺の態度が軟化したことに戸惑いながら
も、彼女はやわらかに笑んで頷く。
その笑みに、ふわりと胸の内が温かくなるの
を意識ながら頷き、そうして、さっきから
ずっと気になっていたことを訊いた。
「ところでさ、さっきから気になってたんだ
けど」
テーブルに身を乗り出してそう言うと、彼女
は「なあに?」と小首を傾げて見せた。
「あそこのアレ、前に言ってた熱帯魚の水槽
だよね?」
すっ、と部屋の隅を指差し、彼女の顔と水槽
とを見比べる。俺の指差す先には、楕円形を
半分にしたようなお洒落な水槽がチェストの
上に置かれており、けれど、その表面は緑の
コケで見事に覆われていて、中に魚がいるこ
とさえ、わからない。
要するに、実家の水槽と寸分たがわぬものが、
この四角い部屋の片隅にあった。
「あーー、あれね。うん……言ってたヤツ」
彼女は悪戯がバレてしまった子供のように
両手で顔を覆うと、何度か頷いた。
俺はその答えに「だよね」と口にすると、
堪えきれず、くつくつと笑い出す。
本当は部屋に入った瞬間に目がいっていた
のだが、あまりの惨状に訊いていいものか、
それとも触れないほうがいいのか?
密かに悩んでいたのだった。



