四角い部屋の水槽 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

 「滝田くんも……好きになってくれて、
ありがとう」

 どこまでも澄んだ目をして、彼女が言う。
 その目を見れば、心からの、本心からの、
言葉なのだとわかる。わかれば、不思議な
ほど心が満たされていった。

 だからもう、苦しくはなかった。
 俺は目を細め誇らしげに頷くと、不意に
照れ臭くなってガリガリと頭を掻いた。

 そうして、「そう言えば」と、さりげな
く話題を変える。本当は彼女の様子が知り
たくて、声を掛けたことを思い出した。

 「五十嵐さん、大丈夫かな。彼女、確か
一人暮らしだろう?熱が高かったら買い物
出るのも大変だろうし、頼れる人がいなか
ったら飯も食えないよな」

 そう言って眉を顰める。以前、本人から
聞いた話では、会社まで電車で30分ほどの
場所にワンルームを借りているのだと言っ
ていた。

 「うん、昨日、会社に電話してきたとき
は39度も熱があるって言ってたから、私も
すごく心配してるの。インフルだといけな
いから、病院行ってくるって言ってたけど」

 「39度もあるのか。それはキツイな」

 俺は彼女の言葉にさらに眉を顰めると、
懐に手を差し入れ、携帯を取り出した。
 すると彼女が「あ」と声を漏らす。
 俺は電話番号を検索する手を止めた。

 「私、五十嵐さんの住所知ってるよ。年
賀状のやり取りをしてるから、携帯の電話
帳に住所も入れてたと思う」

 慌てた様子で鞄から携帯を取り出してそう
言った彼女に、俺は戸惑いの表情を見せた。

 「いや、心配だから様子を見に行こうか
とは思うけど、いきなり押し掛けたら迷惑
だろうし、まずは電話で様子を聞いてみよ
うと思ってさ」

 「うん。それはそうなんだけどね、五十嵐
さんの性格を考えると、大丈夫じゃなくても
絶対、『大丈夫』って言いそうだから。もし、
滝田くんが行ってくれるなら住所わかるし、
家に上がらなくても差し入れだけでもドアの
ところで渡せるかな、と思って」

 「確かに、それは一理あるかもな」

 もっともな理由を述べられて、俺は、ふむ、
と頷く。今、電話をかけて繋がった所で、
「大丈夫」だと言われてしまえば無理に押
し掛けることは出来ない。ならば、迷惑を
承知でアポなしで行けば、差し入れだけで
も彼女に渡せるかも知れない。インターホ
ン越しに声を聞ければ、それだけでも安心
できるだろう。

 「今、住所をスクショして送るね」

 俺は携帯を操作しながらそう言った彼女に、
「さんきゅ」と頷いた。そうして、彼女から
送られた画像を見る。ぱっ、と住所を見ただ
けで、最寄り駅はすぐにわかった。

 「じゃあ俺、今から行ってみるよ。仕事は
明日に回せるし」

 そう言って、ちらりと腕時計に目をやる。
 明日は休日だが、休日だからこそ仕事の
融通はつけやすい。今から急いで行けば、
途中で買い物をしても10時までには着け
そうだった。