四角い部屋の水槽 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

 「どこで何してるのかさっぱりわから
ないけどさ、あの人が戻ってきて喜ぶ人
はいても、責める人なんて一人もいない
だろう?だから戻ってきて欲しいと思う
よ、俺は。いつまでも、折原さんにこん
な淋しい想いさせてないで、早く迎えに
来いって思うよ」

 そう言って、にかっ、と白い歯を見せる
と、やっと彼女も笑んでくれる。

 ふわりと、花が綻ぶような笑みだ。
 ずっとずっと、この笑顔が好きだった。

 「ありがとう、滝田くん。でもね、もし、
榊専務が戻ってきたら、森専務の居場所が
なくなっちゃうかも」

 「ああ、それはあるかもな」

 彼女のもっともな意見に、神妙な顔で
頷く。どちらともなく、くすくすと堪える
ような笑い声が廊下に漏れた。

 「でもさ、もしもの話だけど……」

 微笑んだままで、そう切り出した俺の
顔を彼女が見る。俺はほんの少し言い
淀んだのち、思い切って口にした。

 「あの人がこのまま戻らなくても、折原
さんの気持ちは変わらないんだよね?」



-----それは問いかけではなく、確認。



 彼女から返ってくる言葉を予測した上で
の、確認だった。

 「うん」と、幸せそうに彼女が頷く。
 好きでいるだけで幸せなのだと、彼女
の眼差しが言っている。

 「自分でも不思議なんだけどね、日に日
に忘れたくないっていう気持ちが強くなる
の。もう、二度と会えないかも知れないっ
て、思うと泣きたくなっちゃうんだけど、
でもきっと、彼は同じ空の下で頑張ってる
って信じられるから。この広い世界で、彼
に出会えたっていう奇跡をどうしても失く
したくないっていうか。あれ、ごめん。
なんか……胸がいっぱいになってきちゃった」

 口にしたことで、想いが溢れてきてしまっ
たのだろう。彼女の声が涙に揺れる。

 滲んでしまった涙を指先で拭う彼女に、
俺は「そっか」と唇を噛みしめながら頷いた。

 そうして、ポケットから皺くちゃのハンカ
チを取り出すと、彼女の頬にあてた。

 「……ありがと」

 鼻声で言った彼女に笑いながら息を漏ら
す。こんな風に、計算も駆け引きもなく、
純粋に人を愛せる彼女だから、俺も同じ
ようにそう思うことが出来るのかも知れない。

 この広い世界で彼女に出会えた、奇跡。

 それだけはきっと、永遠に無くなること
はないのだ。

 「好きになって、よかった」

 ごく自然に、そんな言葉が口から零れ落ち
た。その言葉に顔を上げ、彼女は眩しそうに
目を細める。

 「俺さ、折原さんを好きになったこと、
一ミリも後悔してないから。だから、折原
さんもそのまま、今の気持ちを大事にしたら
いいと思う」

 その言葉に一度くしゃりと顔を歪め、子供
のような声で「うん」と頷く。

 そうして、ずずっ、と鼻を啜ると、彼女は
また花が綻ぶような笑みを見せた。