けいは…

さっき、その部屋から女の子の泣き声がするのを聞いていました。

でも、お母さんが悲しい目で見ています。

(ぼく、頑張るよ…)

けいはこそこそと部屋の中をのぞきました。

ナースさんが声をかけてきました。

「じゃ、ここにすわってね。すぐにお母さんのところに戻れるから!」

「…うん」

こくりと頷きました。

「じゃあ、左のうでを見せてくれるかなぁ」

けいは左のうでを前にのばして、見せました。

「少しだけ、目をつぶっててねー」

けいは、ぎゅっと目をつぶりました。

細いうでに、注射器の針が刺さりました。

ピクッ

けいのうでが、一瞬、動きました。

でも、声を出しませんでした。

けいは泣きませんでした。

一生懸命、我慢しました。


注射器のなかは、真っ赤なけいの血液でいっぱいになっていきます。

「はい、よくがんばったねっ」

ナースさんがそう言って注射器の針を抜いたとき、

また、けいのうでがピクッと動きました。

「えらかったなー。じゃ、また名前を呼ぶからそれまでお母さんと待っててね」

ナースさんは頭をさすりながらいいました。

けいは、うなづいてお母さんのところに戻っていきました。

お母さんはほっとした表情で、

「けいはやっぱり男の子だね。泣かなくて、えらい、えらいよ」

と言いながら、おかあさんも同じように

けいの頭をしっかりとなでてくれました。


それから、お母さんのよこにぴったりとくっついて座っていました。

隣のイスを見ると、同じくらいの女の子が

お母さんに絵本を読んでもらっていました。

その姿をぼーっとながめていたとき、

「けいくん、はいってください」

ナースさんの声がしました。

けいはお母さんの後ろに隠れるようにして、

ゆっくりと中に入っていきました。