夜が明けぬなら、いっそ。





「…俺はね、小雪。世界平和を目指しているんだよ」


「……それを壊すのが私達だろう」


「そうかな。世の中は正しいことばかりじゃない、間違ってることが結果として誰かを救う可能性だってあるんだ」



俺はそう思うよ、と。

男は瞳を伏せながら、お猪口に残っていた酒を水のように飲み干した。


そんな今になって頭に浮かんだ疑問があった。

なぜ私は名前も知らない男と吉原に来ているんだ。



「お前の名前を聞いていなかった」


「あぁ、俺ね、俺は……景秀」


「けいしゅ…?」


「…あぁ、徳川 景秀(とくがわ けいしゅう)。…よろしくね」



徳川……?

たまたまではないだろう。

私の暗殺的を奪ったときの落ち着き様といい、なにより吉原で女を選べる男は金がある証拠だ。



「まぁ、そういうことかな」



私の思考を読み取ったように、にこやかに笑った。


こいつは徳川に支える暗殺者ということだ。

徳川といえば幕府、将軍、まさかそんな男が私の目の前にいるとは。



「…私が探している男を知らないか、お前なら何か心当たりがあるんじゃないか」


「…さぁね。それは小雪が自分で探し出してこそ意味があるものだ」



男は私からの瞳をスッと逸らして、格子の隙間から降り続ける雪を見つめた───。