「月乃ちゃんがいないなら、生きていても意味がない」
俺の言葉を聞いて、紫苑さんはがしがしと頭を掻いた。
「クソが、これだから人間は嫌なんだ。深入りしたら、ロクなことがねぇ!」
紫苑さんは俺の口から指を引き抜くと、八つ当たり気味に近くの壁を蹴った。
「俺様だってなぁ、お前がこんな風になるなら、あのエサを連れてくれば良かったと思ってるよ。だけど、ちょっとばかり手遅れだ」
「手遅れって、どういうこと……?」
不穏な言葉に、俺は力を振り絞って半身を起こした。
「雨夜月乃って言っただろう、あの女。あの町から失踪した。今どこにいるか、分からねぇ」
「なん……だって?」
紫苑さんが告げた衝撃的な言葉に、俺は胸を冷やした。
月乃ちゃんが、失踪した!?
俺は慌てて月乃ちゃんの気配を探る。
月乃ちゃんにつけたままの、俺の所有印は、まだ解除されていない。
あれは俺の魔力だ。それがあれば、彼女がどこにいるかすぐにわかるはず。
力を使おうとして、あまりの精力の少なさに頭痛がした。
自分の魔力を探ることすらロクにできない。
それでもなんとか気配を探ると、何かの壁にぶつかったみたいにブロックされて、居場所を特定することができなかった。
「がはっ……!」
精力不足の状態で無理に力を使った反動で、俺は咳き込む。
「おい、何やってんだ!」
紫苑が咎めるような声を上げたけれど、それを気にしている余裕なんてない。
月乃ちゃんに、何かが起きたんだ。
なのに俺は、こんな場所で何をしている?
「紫苑さん……食事がしたい」
吐き気を催す胸を押さえながら、絞り出すように俺は言った。
月乃ちゃん以外の精気なんていらない、食べたくない。
だけど、こんな状態じゃあ何もできない。彼女を探すことだって、出来ない。
もし彼女の身になにか起きていたとして、助けることも。
紫苑さんは俺の言葉に、呆れたように肩をすくめた。
「食えるのか?」
「……食べたくないよ。でも、吐いてでも食べる」
「精気を奪うのは俺がやってやる。お前は、漏れ出た分だけ食べろ」
それは、紫苑さんの気づかいなんだろう。
心配をかけているのが申し訳なくて、でも、その申し出はありがたかった。
月乃ちゃん以外の女の精気を食べるだけでも吐き気がするのに、抱くとなるとそれ以上だ。
「ごめん、紫苑さん。ありがとう」
「礼なんて言うな。お前がここまであの人間に入れ込んでるなんて、想定外だったんだよ。――無理に引き剥がしたこと、悪いと思ってる」
紫苑さんはそれだけ言うと、部屋から出ていった。