「おい、橙、起きてるか?」
暗い部屋の中、俺はぐったりとベッドに横たわっていた。
ピクリとも動かない俺を見て、紫苑さんは眉を顰める。
部屋の中に俺以外誰もいないと分かると、彼は大きく息を吐きだした。
「お前、また食べなかったのか」
彼は定期的に、意識を奪った女をこの部屋に連れてきた。
食事をしろと、強制的に夢の結界を張られたこともある。
だけど、俺は精気を食べなかった。
ひどく腹が空いていたけれど、食べようとしたら吐き気がして、身体が受け付けなかったのだ。
「いくら夢魔が丈夫だとはいえ、ずっと精気を食べなかったら死ぬぞ」
「分かってる。でも、放っておいて……」
身体が重たい。精気が足りていないのだ。頭がクラクラする。
紫苑さんは苛立たしそうに舌打ちをした。そして俺が寝ているベッドに近づくと、強引に口を開いて、その中に指を突っ込む。
紫苑さんの指先から、ほんのわずかだけの精気が流れ込んできた。
「こんな方法じゃあ、まともに精気の受け渡しなんてできねぇ。自分で食べるしかねえんだ。分かってんだろ?」
俺に精気を流し込みながら、紫苑さんは表情を歪めた。
紫苑さんが俺を心配しているのは分かる。
だけど、それでも俺はもう月乃ちゃん以外はダメなんだ。
俺が首を左右に振ると、紫苑さんははぁと大きくため息を吐いた。
「死んでも良いのか?」
分からない。
母さんのオモチャだったときも、毎日生きているのがあんなに嫌だったのに、死ぬことはできなかった。
だけど、今はこのまま死んでも良いような気がしている。
死んでしまったら、月乃ちゃんが他の誰かと結ばれるところを見なくてすむ。
彼女よりも先に死んでしまえば、月乃ちゃんがいない世界を生きなくてもいいのだ。