「太陽くんは、これからどうするの? 何か予定ある?」

「うん。紫苑さんに会って、今後のことを相談しようかと思って」



太陽くんの言葉に、私はちょっと身体を固くする。

紫苑さんには、これ以上太陽くんに近づくなと警告されたのだ。



「月乃ちゃんが俺を選んでくれたから。ずっと一緒にいるためには、どうしたらいいか考えたい」



太陽くんがそういった、その時だった。



「その必要はねぇよ」



突然紫苑さんの声が聞こえたと思ったら、ぐにゃりと空間がゆがんで、歪みから紫苑さんが現れる。

紫苑さんは怒りを滲ませた表情で、私と太陽くんを見比べた。



「橙、そこの人間も。見事に俺様の忠告を無視してくれたようだなぁ」



太陽くんは低い声で唸る。

びくりと震えた私を庇うように、太陽くんが私の前に立った。



「紫苑さん。俺はやっぱり、月乃ちゃんと離れたくない。彼女も、俺の事情を全部理解したうえで、それでも俺を選んでくれた」

「甘いこと言ってんじゃねぇぞ。恋に浮かれてアタマがお花畑か? 事情を全部理解した? んなもん、今は何とでも言えるんだよ。だがなぁ、10年後、20年後、確実に後悔する。そういう連中を、俺様は何度も見てきてんだ」



紫苑さんは怒りを含んだ目で私を睨んだ。

私の選択を、軽率だと責めているのだ。



「俺達は孤独だ。だからなぁ、自分を受け入れてくれて孤独を癒してくれた相手に、とことん入れ込んじまう。依存するんだ。だけど、人間はそうじゃねぇ。あいつらはいつだって、その気になれば簡単に人の社会の中に戻れるんだよ」



紫苑さんはそう言って、憎らし気に息を吐く。


「人間を信じるな。いつか捨てられて、置いていかれるのはお前だぞ、橙」

「私は、太陽くんを置いていったりしない!」

「煩せぇよ、人間! てめぇの根拠もない薄っぺらい言葉なんか、信用できるか!」



私の言葉を、紫苑さんはあっさりと切り捨てた。



「月乃ちゃんは連れて行くよ。もし……彼女が心変わりするようなら、許さない。その時は、俺が彼女を殺す」

「へぇ? それ、そこの女は承知してんの?」

「してるよ。もし私が心変わりすることがあったら、その時は私の精気を全部食べて良いって言った」



紫苑さんは探るような目でじっと私を見た。

それから彼は太陽くんに視線を移して、太陽くんの気持ちを否定するように首を左右に振った。



「お前にはできねぇよ、橙。もしその時が来たとして、殺せるわけがねぇんだ」



紫苑さんは太陽くんを通して別の誰かを見ているみたいに、遠い目でつぶやいた。



「それに、もしそこの女が心変わりしなかったとしても、人間の寿命なんざ、精々がたった80年だ。幸せでいられる時は限られている。その時間を知った分、その後の時間はもっと苦しくなるんだ。出会わなければ良かったと思うくらいに、辛くなる」

「そうだとしても、俺は、月乃ちゃんと一緒にいたい。限られた時間でも良いんだ。月乃ちゃんがいない世界なんて、もう俺には考えられない」



太陽くんの言葉に、紫苑さんはぎゅっと拳を握った。



「……馬鹿が、頭を冷やしやがれ」



紫苑さんはそういうと、パチンと指を鳴らした。

その瞬間、黒い闇でできたような輪が現れて、太陽くんの身体を拘束する。