「俺はいつだって君を殺せる。夢の中に引きずり込んで、精気を吸い尽くすのはそう難しいことじゃないんだよ」
「そうかもね。でも、殺すことができるのと、実際に殺す気があるっていうのは別じゃない?」
例えば、私だって家からこっそり包丁を持ってきて誰かを刺せば、人を殺せる。
だけど、その手段があるのと実行するかどうかは別問題だ。
今のところ、太陽くんは私の身体に気をつかって精気を吸っている。
前回は吸い過ぎたらしいけれど、それもどうやらわざとではない雰囲気だ。
いつでも殺せると脅されはしたけれど、太陽くんから殺意を感じたことはない。
たとえそれが、生かしておいた方が長く精気を吸い取れるから、なんて理由だったとしても、殺すつもりがないのは明らかだと思う。
「なにそれ。俺は人間じゃない、悪魔なんだ。なのに、なんで怖がらないの?」
「冗談じゃない、怖がってるよ。怖がってるし、嫌なヤツだって思ってる。正直いって今もできれば関わりたくないからね?」
私が太陽くんを怖がっていないとか、そういう誤解をするのは止めてほしい。
私がそういうと、太陽くんはますます憮然とした顔をした。
「じゃあ、なんで俺の心配をしたりするの」
「知り合いだからだよ。ちょっとでも関わった人間が殺されるかもって知ったら、普通は心配するでしょ?」
「そんな普通、俺は知らないよ。嫌いなヤツは死ねばいいって思うし、関係ないヤツが死んでもどうでもいい」
太陽くんは、それが当然であるかのように言った。
その言い草は実に太陽くんらしくて、私はちょっと笑ってしまった。
「なんで笑ってるの?」
「いや、教室とのギャップがすごくて。親切で優しい恋人思いの太陽くんの本音を知ったら、みんなドン引きだよ」
「くだらない。あんなの、ただの処世術だよ。善良な人間だって思われていた方が疑われずにすむからだ」
そうなのだとしても、よくまあこんなに分厚いネコを被り続けていられるものだ。
疑われない為だとはいえ、太陽くんは常日頃から心にもない言葉を吐き続けていることになる。
ある意味スゴイと思うけど、でも、それって疲れないのかな。
本音とは違う言葉を、態度を、ずっととりつづけているのだ。考えただけでも肩がこりそう。
「悪魔ってのも、色々大変なんだね」
しみじみ言うと、呆れたようなため息が落ちてきた。
「月乃ちゃんって、ほんと変なヤツ」
それは、そっくりそのまま私の台詞なんだけどな。
太陽くん以上に変わってる人間なんて――まぁ、人間じゃあないけど、そういない。