「あの中だな」
ライアンさんが呟いて、一歩足を踏み出したその時だった。
バチッ!と激しい音が鳴って、私が纏っていた結界がはじけ飛んだ。
「っ!?」
何が起こったのかと目を丸くしていると、闇が集まって見知った男が現れた。
目つきの悪い三白眼に、派手な服。
紫苑さんは、吊り上がった目に怒りを滲ませて私を睨みつけた。
「よぉ、紐つき。橙の次は退魔師に乗り換えたのか? てめぇが尻軽なのはどうでもいいが、ずいぶんと男の趣味が悪いじゃねぇか」
紫苑さんの身体からは、ぐねぐねと紫紺色をした魔力が立ち上っていた。
霊力の使い方を知った今なら分かる。
紫苑さんは、私なんかじゃあ太刀打ちできない、とてつもなく濃い魔力の持ち主だ。
「紫紺の淫魔!」
紫苑さんを見て、ライアンさんが驚いた声を上げた。
「お前は――見たことがあるぞ、そのグレーの目。ブラック家の坊ちゃんだろう」
紫苑さんはライアンさんを見てニヤリと口端を持ち上げた。
ライアンさんは警戒したように身を硬くする。
「お前が、この件の犯人なのか?」
「この件?」
「このあたりで起きた、女性の誘拐事件だ」
「ああなんだ、そんなことか」
紫苑さんはつまらなさそうに呟いた。
「俺様の仕業といえば、まぁそうだ。急ぎでエサが必要だったから、ちょっと始末が雑になっちまった。その辺りから見つかっちまったか?」
紫苑さんは、そんな些細なことはどうでも良いとでも言わんばかりの口調で言って、キッと私を睨んだ。
「そんなことよりも、俺は橙の紐付きがなんで退魔師なんかと一緒にいるのか知りたいね」
「彼女は霊力を持っている。だから、その使い方を教えていた」
ライアンさんが答えると、紫苑さんが顔を顰めた。