車内では静けさが続いて
何か会話を、と考えようとするのに
モヤモヤとする脳内では違うことばかり。
緊張を紛らわすつもりが、更に緊張してしまう羽目になってしまった。
ボーっと外を眺めていると、流れていく景色がゆっくりになって、車が停車した。
「着きましたよ」
その言葉で、「あ、着いたんだ」と気づく。
だってどこに向かってるのか知らなかったし…
窓からの景色は大きな塀のようなものしか見えない。ここ……一体どこなんだろう。
颯太さんは私をエスコートするように助手席のドアを開ける。
「どこ?ここ…」
「すぐに分かりますよ」
差し出されたその手に、自身の手を添えれば軽く引っ張るようにして外へと連れ出された。
その手を離さないまま前を歩く颯太さんの後を
キョロキョロと見渡しながらついていく。
大きな塀のようなところには階段があって、
私は何も知らないまま颯太さんに手を引かれて上がって行くのだけど、
「わっ」
階段を上っていく毎に風が増すその場所。
大きな風のせいで髪の毛がふわりと靡き、ひらりと揺れるスカート。
そして───────潮の香り。
靡く髪の毛を手で払いながら前を向くと、なんでその香りがするのか理解した。
「海…」
一面に広がるその景色。
どうやらこの壁みたいなものは防潮堤だったみたいで
時期的に誰もいないその場所は、静けさがある中で微かに波の音が聞こえる。
「正解。」
キョトン顔の私に対し、
颯太さんは私の反応を見て
少し楽しそうに無邪気な笑顔を浮かべてた。
「なんで……海に?」
私、海行きたいなんて言ったことあったっけ?
いや……ないよね?
「ここ、あの俳優さんがお忍びで来る場所らしいですよ。あなたの大好きなね。」
「えっ!?うそ!!」
「まあ噂に過ぎないですが」
このように俺たち以外誰もいないですし。そう呟いた颯太さんは砂浜へと続く階段をおりていくから、
その後ろを上機嫌になった私もついていく。
その俳優さんのことはテレビに出ていると録画するくらい好きで、雑誌の表紙になれば買ってしまうくらい。
その事を颯太さんは知っている。
だってその人がテレビに出ていると、わざわざ報告してくれるんだもん。今テレビに出ていますよって。
「そ、うなんだぁ~…」
例え噂であろうと、ちょっと嬉しい。
思わずニヤけてしまって
もしかしたらその人がいるかもしれないと思い、
周りを見渡してしまう。
その様子に
「やっと笑顔を見せてくれましたね」
颯太さんはクスリと笑った。
優しい声で優しい表情を見せてくれるものだから、なんだか自分のテンションに恥ずかしくなっちゃって
「っ……なんで…知ってるの?
ここにあの俳優さんが来てること…」
「仕事上、そーゆー話も耳に入るんです」
仕事上…ホスト関係で?
あそこ高級そうな所だったし、女優さんとか来たりするのかも。
でももう接客はしないって言ってたから…従業員の誰かから聞いたとか?
「そのために……わざわざ私を?」
質問ばかりになるけど
だって、仕方がないじゃん。
連絡もなく突然私の前に現れて
半ば強引に車に乗せられ
わけも分からず、海に連れてこられたのだから。
そんなの……聞きたいことがいっぱいある。
「それも1つの理由ではありますが、」
潮風が吹くこの場。
それによってふわりと靡く、颯太さんの髪。
端正な顔立ちの彼はその姿でさえも美しくて
「さっきも言った通り、俺はあなたに話さなければならないことがあります」
私は彼から目を離せずにいた。
(話さなければならないこと…)
それは、きっと、今後のこと。
私達の関係についてだ。
『少し時間をください』そう言っていた颯太さんがこの数日で決めた決意。
それがどんな内容であろうと……
「………聞きたい。聞かせてほしい」
ちゃんと、覚悟を決めてる。



