紀恵さんが今目の前にいる事に
俺は呆然とその場に立ち尽くしてしまって
そんな俺に彼女はまたにへらと笑う。
「へへっ…ずっと待ってた」
その事実が分かるくらい、彼女の鼻は赤くなっていた。
あたためてあげたい。この手でその冷えた身体を包み込んであげたい。
その気持ち一心で紀恵さんに手を伸ばすけど、
「っ…………」
ダメだ、と。
その想いにブレーキをかける。
俺はもう紀恵さんに会ってはいけない。
触れることもしてはいけない。
小さく息を吐き、取り出していた鍵をポケットにしまう。
「もう家に帰って下さい。送りますから」
彼女には手を差し出さずに背を向けた。
出来れば手を引いて歩きたい。
けど、できない。
してはいけない。
また……怯えられる。
だからこそ、
俺は今キミに触れてはいけないんだ。
そんな思いとは裏腹に
ドンッ!と背中に何かがぶつかる感覚。
そして、お腹に回された腕。
「颯太さんっ…」
切なげに名前を呼ばれては
ドクンッと心臓が跳ね上がった気がした。
触れてはいけないが、今はそう言ってられない。
「……離れて下さい」
お腹に回された腕を軽く掴んで引き離そうとした。
けれど、彼女はそれを許そうとはせず
寧ろギュッと力を強めて
「私がまだ高校生だからこんなことになるんだよね…」
震える声でそう呟いたのだ。
「もう…離れたくないのにっ……」
俺だって、離れたくない。
このままキミを連れ去りたいくらいに。
もしそう出来るのなら
二度と俺の手から離れていかないように、誰の目にも誰の手にも触れられないようキミをずっと閉じ込めていよう。
何一つ不自由なんてさせないから。
俺だけがいればいいって思わせてやるからーー。
「………………」
グッと紀恵さんの腕を掴む手に力を込めた。
そんな想いだからこそ──…
「っ、颯太さん…」
紀恵さんを引き離す。
彼女はその事に悲しげな声で俺の名前を呼んだ。
「少なからず、それもあるでしょう」
「っ、」
「あなたははまだ高校生で、大人じゃない。万が一のことがあれば、望んでいなくてもキミの人生はガラリと変わる。……だからこそご両親は心配してくださっているんですよ。あなたにはまだ早いと。
学生のうちはたくさん遊んで、やりたい事もしたい事も、今しか出来ないことをして欲しい。1度の過ちであなたの人生をめちゃくちゃにして欲しくない。
あなたの事が大切だからこそ、ご両親はそう厳しく言うのです。」
振り返れば、紀恵さんは下唇を強く噛んでいて
どこか腑に落ちない顔をする。
そんなに強く噛んでしまったらそのふっくらと綺麗な唇に傷がついてしまう。
おもむろに伸ばした手が紀恵さんの頬に触れてしまうと、彼女の表情はふわりと柔らかくなった気がした。



