傷付けたくないものを、わざわざ作る必要なんてないのだから。
 けれど私の嘘に彼等は目を丸くしている。

「なっちゃん、彼氏いたの」

「え? いなああいるよ」

 危うく口を滑らせそうになったが、なんとか誤魔化せたと思いながら感じる視線に目を移す。見定めるように細められた倖の視線が刺さって痛い。
 確かに私だって嘘は吐きたくない。だけど変なところに連れて行かれるよりマシだって思いたい。
 そんな目で見ないで欲しい。

「誰だ……それ」

 低く、唸り声のように地を這うそれ。
 赤い瞳が静かに見下ろし、明らかに怒気を孕む口調。

「関係ないでしょう」

 たった一言突き返せば、彼は一度目を伏せるが鋭い視線は何ら変わりない。苛立ちを醸し出すのは何に対してなのか。
 疑問符を浮かべる私の裾を引き、いつの間にか背後に回っていた蒼が耳を寄せろとばかりに肩を叩く。傾けた耳に吹きかかる吐息に笑い出しそうになるが、一瞬だけの感覚に蒼の声に集中する。
 声はいつかの色気を含んだではなく、どこまでも純粋なもので。

「なっちゃんのこと、けっこー気に入ってるんだよ? 修くんは」

 もちろん僕もなっちゃんのこと大好きだけどね、と瞳をうるませて上目遣いをする蒼。
 なんだかこっちが悪いみたいな言い方だが、私は断じて悪くないはずだろう。
 小さく溜息混じりに呟き、俯いてしまうのはどうしょうもない真実が自身に突き刺さるから。

「......いないよ、彼氏なんて」

 それにけらけら笑う倖には先生と同じ目にしてやろうかと思ったが、謝るので許してやる。とは言ったが、謝るその肩が震えてるのを私は知っている。