――優しい手が、似ていたから。





 一階の廊下は思った以上に閑散としていて、2人の足音が遠くまで響く。会話なんてないこの状況下、頭の中は先生にどう謝るかでいっぱいだった。そして、どうして知っていたのか。何を知っているのか。
 先生には、言いたいこと、言わなくちゃいけないことがあるが、それよりも聞かなくちゃいけないこともあるような気がするのだ。
 考え事をしていると、ついつい時間の流れを忘れがちだ。気付いた時には目の前は保健室の扉で、修人は私の心の準備なんて待つことはなく、その扉を一思いに開けてしまう。

「あ、来た」

 出迎えたのは蒼で、回転椅子に腰掛けてクルクルと笑いながら回っている。気持ち悪くなったりしないのだろうか。
 突っ立っていても仕方なく、遠慮がちに足を踏み入れると、ツンとしたアルコールの香りが鼻をつく。病院にも似たこの独特な香りに嫌悪感を抱きつつ、先生へと目線を投げれば彼は手当てを受けているところだった。
 手荒にガーゼにアルコール消毒液を染み込ませ、押し付けるようにあてて、別のガーゼをあてがう。多少雑に、小言を漏らしながらも痛みに顔を歪める先生に、どこか嬉しそうな倖の表情。
 手際の良さと、その意味深な笑みに戸惑う私の背中を押した修人が促す。
 言われなくても解っているというのに。
 小さく深呼吸をしてから、「あの」と声をかければ先生の目がこちらを向く。軽蔑と畏怖、それらが向けられると思って無意識に身構えれば、何のことない変わらない瞳だった。