「南だよ。南の街」

 動揺なんてしていられない。してたまるかと、泣きたくなる気持ちを無理矢理押さえ付ける。背負うものなのだ、これは。
 露骨なその話のすり替え方に、ただ一人蒼だけはけらけらと笑っていた。
 そこへ、修人の目が見開かれ迫るように声を荒らげた。

「お前は鬼龍のことを、鬼麟のことを知ってるのか」

 知っているも何も、私の居場所だったものだ。知っているかと聞かれれば、骨の髄まで知り尽くしていると答える。もちろん、口に出すようなヘマはしない。
 その必死さに、少しだけ後ろめたさがあった。

「鬼龍は知ってる。彼らの街にいたから」

「鬼麟は、今どこに、」

「私は関係者じゃない」

 掴まれた肩が痛むのに眉を顰めて言い返すと、バツが悪そうに舌打ちをする。暗くなるその瞳に、思わずなんでと心の中で呟く。
 なんで私なんかに。

「……もう、いないのに」

 口から零れ出たそれに、聞き逃す程離れていない距離にいる彼らは反応した。蒼が今までとは違う真剣な面持ちで言うのに、目を逸らす。

「それ、どういうこと? なっちゃん」

 関係ないでしょう、と口走ってしまえば取り返しがつかなくなる。私は今は一般人なのだから。私は結局黙るという手を使う。
 鬼龍は、全国でも名の知れた暴走族だ。そして、私の居場所だった、帰りたいけど帰れない場所。
 鬼麟も、懐かしい名前だ。離れてそんなに経っていないというのに、馴染むその名前に懐かしいと思ってしまう。けれどそれは私が穢した名前だ。
 私はもう、帰れない。