前は、前というのは、以前ということで、以前というのはどこのことだ。あの日、あの頃、あの時のどれだ、いや違う、前というのは多分それではない。であるならば、倉庫のことだろうか。違う、それはお泊まりのようなものであって、住むということからは外れている。
 では、前は、私は――。
 脳裏に浮かぶ映像が、激痛を伴って広がる。
 ――赤い、朱い、紅い、緋い、
 ――血だらけの、
 ――私。
 トンっと、肩に軽い衝撃とともに現実へと引き戻される。浅い呼吸音が耳に響いて、自身が過呼吸になりかけているのだと悟る。
 私は今、一体何を見たのだろう。

「落ち着け」

 ただ短く、そう言った。
 俯いていた顔を上げると、真っ直ぐにこちらを見るのは赤い瞳だ。それにどうしようもない恐怖心が蘇りそうになる。
 が、それよりも先に視線を逸らしたのは修人で、無愛想な口ぶりのままに手元を見る。

「それ」

 私も後を追い、自分の手元を見下ろす。そして、修人の指す“それ”が顔を覗かせている。
 制服の袖口から覗くのは白い包帯の端っこ。強く右手首を握り締めていたせいで解けてしまったらしい。
 修人の顔を見上げれば、怪訝な顔をしていてそれは確かに疑念を抱いているようだった。
 私は息を落ち着けながらそれを袖口の中へと仕舞う。

「縛り直さないのか」

 それよりも聞きたいことを呑み込んで、単純な疑問だけをぶつける修人。けれどそれにすら苛立ちを覚えてしまうのは、見られてしまったことへの怒りだ。
 無視して紡いだのは先の質問への答え。