「棗がたまたま止まったからって、勘違いしてんじゃねぇぞ」

 怒気を隠すことも無く声が荒がる。
 狼嵐の下っ端たちは怯えるように声を押し殺し、自身らの総長へと視線を送る。それに反し、狼帝は顔色ひとつ変えることなく俺から目を逸らすことはない。

「勘違いするほど俺たちは棗の懐になんて入れちゃいねぇよ。あいつの頭には俺たちなんていねぇからな」

「ならこれ以上出しゃばるな。お前らみたいなのがいちばん邪魔なんだよ」

「それでもあいつは俺たちの姫だ。鬼龍の姫であろうと、一時であれ狼嵐の姫でもある。俺たちが下がる理由にはなんねぇ」

 棗の眼中になくとも、狼帝は自分たちの姫であると宣う。
 健気なのか、馬鹿なのか。いや、俺の前でそう言うのだから、恐らく馬鹿でしかないのだろう。
 あまりのネジの飛び具合に、思わず笑みがこぼれる。空気の凍てついた中に俺の笑い声は響き、不気味さをもって狼嵐の奴らを怯えさせる。

「......あんまり笑わせるなよ、怒りで前が見えなくなるだろうが」

 棗のことを守れるとでも思っているのだろうか。そうでなくともこいつの口から棗の名が出る度に腸が煮えくり返る思いでいるというのに、減らず口は閉じないからこそ面倒だ。
 俺たちの大事なあの子を、こんな奴らごときに一片たりともくれてやるのは、死んでもごめんだ。

「棗が泣くのは嫌だけど、死にたいという奴らが勝手に死ぬことは俺にとっては嬉しいことでもあるね。忠告は一応したんだし、それを無視して潰れてくれるなら手間が省けて万々歳だ。後悔するならあの世でしてくれよ? だから勝手に死ね」