「狼帝はどこだ!」

 狼嵐の総長の呼び名を尋ねても、小さくざわめきを立てるだけで、皆困惑した顔で答えを出しはしない。一刻でも惜しいというのに、その態度に苛立ちを隠さずにもう一度口を開きかけたとき、階段上の扉が開く音に視線が集中する。
 出て来たのは間違いなく狼帝、狼嵐の総長であった。彼は俺を見るなり一瞬驚きの表情を浮かべるも、すぐに平静に戻って言った。

「鬼麟を、探しているんだろ」

「やっぱりここに、」

「ああ、ここに来た」

 ゆっくりとこちらへと下りてくる男は腹部に手を置いたまま、時折痛みに耐えるように眉間の皺が濃くなる。彼の髪の色も瞳の色も、棗を――“鬼麟”を連想させるものだった。
 男の俺が見ても整った顔立ちの狼帝は、下っ端たちの開けた道を歩く。
 ここに来たというのは過去形であり、既にここにはいないということだ。アテが外れたというよりも、一歩遅かったという方がもどかしく舌打ちを漏らす。
 俺はそれならば用はないと踵を返し、出て行こうとする。

「待てよ、鬼煙(きえん)

 鬼煙――それは俺の通り名だった。
 鬼麟に近付こうとも煙のようにどこからともなく現れ、近づく者を容赦なく排斥することから呼ばれるようになったそれ。そんな大層なものではないというのに、そんなものをつけるなと今更憤るのも面倒になっていた。
 棗がいないのなら、ここにいるのは無駄でしかない。それを分かっていて呼び止めたのかと、振り向きざまに睨み付けても狼帝に臆した様子は見られない。