心葉と紘は万が一、棗が戻って来た時のために待機している。一緒に行こうとしていたのを止めたのは俺で、もし戻って来た時に誰もいなかったら誰も止められないからだ。
 蒸し暑い空気が頬を撫で、風に乗って汗が後方に飛んで行く。
 伝えるべきではなかったと、今更後悔しても遅かった。棗は“雛菊”に関連しているのならたとえ僅かなことでも反応し、平静でいられるはずがない。
 
「わかっていたのに......」

 呟きは風に消されて夜闇に消える。
 棗がなんのためにずっと耐えているのか、それを知らないわけなかったのに。結果的であれ、けしかけるようなかたちになったことに腹が立って仕方がない。
 棗がどこかで泣いているのではないかと思うと自身を許せなく、アクセルを回して更に速度を上げる。
 もうこれ以上傷付いて欲しくなくて、泣いて欲しくもない。あの日の出来事が脳裏に浮かび、虚ろになった瞳が俺を見つめている。逃げなさいと、血を流しながら僅かに動く唇に俺は棗の手を取っていた。
 抱き締めれば細い体が震えていた様を思い出し、ひたすらに自身を責めて何度も棗に謝った。
 飛ばしたせいか普通よりも早く目的地に着き、バイクを置いて勢い良く扉を開ける。
 そこは狼嵐が根城としている廃工場で、俺を見るなり狼狽えながらも身構えるのは狼嵐の下っ端たちだ。俺の顔を知っている者も中にはいるようで、構えたままにすぐに手を出そうとしてくる奴はいなかった。