綾はそっかとだけ返すと、頬から手を離す。手が離れると同時に柔らかい不安が喉を締め付け、彼の熱が奪われていく。
 もう既に監視されているかもしれないと思うと、道行くすべての人が疑わしくて震えそうになる。指先が冷えても、震えだけは出すまいと固く手を握って隠した。

「さて、と。君たち」

 にっこりとした笑顔とは反対の、とても重苦しい声の心葉。今まさに倉庫へと入ろうとしていた男たちは、呼び止められドアノブを掴んだままに固まった。
 油を切らせたブリキのおもちゃのように、不審な挙動で振り向く彼ら。その顔は恐怖に青ざめていた。

「遊びじゃないよね?」

 心葉の表情から笑みが消え、軽蔑をもった背筋が凍るような視線で彼らを射抜く。
 その背後には紘がいて、彼は私と目が合うと親指を立ててご満悦だ。般若の後ろの大きな犬に、私は苦笑いしかできない。
 自業自得の彼らには怒られてもらうしかないと、そちらへ視線を戻せば今にも泣きそうな顔で私に助けを求めていた。
 面倒だと思いつつも、口から火を吹いてもおかしくない心葉と彼らを見比べ、溜息をひとつ落とした。

「心葉、もう反省したと思うしそのくらいにしてあげて。視線が鬱陶しいから」

 心葉は私の言葉にあっさりと般若の顔をやめたかと思えば、釘を刺しておくに留まった。

「今回は棗に従うけど、ちゃんと猛省しろよ。次はないからな」