思考の波で動けない私の頭の上に突如置かれた手。見上げると紘が私を見ており、眉間に皺を寄せた。

「棗に男遊びなんてまだ早いから」

 彼の“本心”に、私はそうだねと返して歩き出す。
 治安自体は以前と大して変わらないから、正直見回りなんてものは必要ない。鬼龍のシマに入ろうとする他の族もなく、一見しておかしなところもなかった。
 けれど、“雛菊”が動いているかもしれないと思うと、どうしても不安に駆られてしまうのだ。だから見回りという名目で、みんなを動かしてまで尻尾だけでも見つけられないかと躍起になっていた。
 巻き込みたくないというのも本心で、でも1人じゃ何も出来ないのが現実だ。皆を都合のいいように使っていることがしこりとなって、不快な気持ちになるのもずっと変わらない。
 逃げてしまいたい。私がいることで“雛菊”からの脅威に晒されるというのなら、いなくなれば済むだけのこと。そう思って逃げたとて、そんな私を嘲笑うかのような結果が待っていることは、目に見えているから何も出来ない。
 逃げても同じ。なら、殺さないといけない。

「――棗?」

 ふわっと香るのは優しい匂い。出会った頃より大きくなった両手が、私の頬を包んで上に向かせる。
 どんな些細な変化も、彼には見抜かれてしまう。綾にとって私の言葉の表裏は意味がないのに、私は当然のように笑って返す。

「そんなに離れてなかったのに、なんか懐かしいなって」