くるりと踵を返し、先程のことは無かったことにしてくれと心で叫びながら走り去ろうとするものの、足は地面を蹴ることなく宙に浮いていた。だらーんと捕獲された猫のようになっており、状況を理解出来ずに思考が停止する。

「棗、棗か? 棗だな」

 私の名前を3回も連呼する男は無駄に背が高く、彼に持ち上げられたとすれば地に足が着くはずもない。下ろせと足をばたつかせても、彼は玩具を見つけた子供のように私を持ったままぐるぐると回り出す。

「ほらほら(ひろ)、棗が困ってるし怒ってるし目が回ってるよ」

 回る紘を止めるのはいつでも優しい心葉で、下ろされた私の背をさすってくれる。そしておかえり、なんて声をかけてくれるせいで思わず目が熱くなる。

「棗、おかえり」

 そして、私の手を取ったのは従兄妹だった。綾は私の下手な男装を呆れたように見ると笑い、雑なウィッグを取ると金色の髪に指を通す。その手が犬を撫でるように頭を触るもので、私はずっと言いたかったことをようやく口にすることが出来た。

「ただいま、みんな」

 私の大事な人たち、私の大事な仲間。
 気恥ずかしさも忘れ、一人一人の顔を見て言えば、彼らはいつでも身勝手な私を笑って許すのだ。
 私がこれから何をするのか、気付いているであろう綾は少しばかり複雑そうだが、それでも敢えて口にすることは無かった。
 郷愁とでも言うのだろうか。私にとっての帰るべき場所は彼らであるのだと、しみじみと思ってしまう。