「目の前で死に向かう人を見ていたのに、助けを求めていた人がいたのに、それでも逃げ出した。手を伸ばせば間に合ったかもしれないのに」

 倖のように向き合い悩むこともせず、ただ自分のことしか考えずに逃げることばかりしてきた私。自分しか見えていないから、平気で他人の手を見ないフリが出来るのだ。そうして私は他人の命を犠牲に生き延びる。
 今でも覚えている。
 赤く鮮やかな血を流す優しかった人たちの、疑問と苦悶とを混ぜた顔。何も出来ず、笑っているあいつにただ怯えていることしか出来なかった。
 あいつは口の端を歪ませる。

“なにもできないだろう?”

 私は喉が枯れるんじゃないかと言うほどに叫んだ。
 それは焼け落ちる柱の音によって掻き消される。けれどあいつの声だけはクリアになって耳に届く。

“お前はなにもしなければ、どこへも行かなければ良かったんだ。お前がいるからこうなった”

 返り血に濡れた頬が火に照らされて煌めく。

“お前が大切なものはすべて壊してやる”

 ――殺さないで、殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで――