「父は母を殺しました。俺はただその光景を見ていました。兄はいなかったから、俺だけが母の苦痛に歪んだ顔を見てました。血の気を失い青白くなっていく顔と、開いた瞳孔に自身の姿が見えた気さえしました」

 過去を覗き見ている彼の目は遠く、虚ろなままに瞬きもせずにいる。

「俺は、あなたが怖い」

 彼が恐れているものへ、私は干渉などできない。震える彼の肩を撫でて表面だけ理解した気になって安い言葉をかけたところで、私がより醜悪な者であることを露呈するだけだ。

「倖は正しいよ。私はあなたに、あなた達にとって害しかないから。出来ることならお互いに関わらない方が良かったし、今からでも遅くはないと思ってる」

 私にも消えないものがある。
 死んだ人が脳裏に焼き付いて離れないことも、違う人に縋ってしまうことも。彼らは焼かれたから叫ぶことも出来ず、白い顔はどんな表情をしていたのか。
 今も尚ちりちりと焦げるそれを視界の端で捉えながら、眉を歪める倖を見れば苦しげに呻く。

「......俺らのせいで苦しいのはあなたのはずだ」

 彼の言葉に私は笑みを浮かべて火の粉を飲み込む。

「私は真似をしているだけだから」

 “雛菊”を抜け出した私は、行く先など定まっているはずもなく、ただただあの場所から離れたい一心でさまよっていた。忘れることもできず、死ぬことを願っても、消えることさえできない歯痒さ。