「――俺は」

 唸るように零す彼は身を起こすこともなくこちらへと視線を向け、そこにあるのは確かな敵意だった。

「俺はあなたを守る意味が分かりません。“ここ”にいることでさえ嫌悪が込み上げてくる」

 彼は胸のうちを吐露しつつ、はっきりとした拒絶を示す。
 “ここ”という言葉に含まれるのは単純なものではないはずだ。
 倖の目は私を睨み付ける。

「あなた、何しに来たんです? いや、なにがしたいんですか?」

 身体を起こし、前かがみになった彼の顔は翳ったままこちらを向いている。
 彼のその感情は至極真っ当なものであり、むしろ他3人の私への評価が異常なだけだと再確認する。私はなんの情報も持たない全くの未知な存在であり、そんな私を危険だと判ずる彼は常識人である。
 故にこうして機会を得た今、嗅ぎ回ることよりも直接投げた方が早いと断じて訊いている。けれど、彼の誠実さに反して私の出せるものなど何も無い。
 何がしたいかなどという問いに、私は首を傾げる他ない。

「平穏で平凡な日常を送りたいだけだよ」

 私の答えに彼は苛立ちを隠し切れずに声を荒らげる。

「ふざけるな! あんたはっ――」

 彼は泣きそうな顔になり、言葉を詰まらせてまた俯く。黒い髪の隙間から覗く瞳は悲しそうに揺れている。

「あなたは、俺たちのことをどれほど知っていますか?」

 小さな声でそう問う倖は、答えを求めていないかのように細く続けた。

「俺の父は犯罪者です」

 思わぬ独白に驚く間もなく、彼は淡々とした口調で零す。