無視してそのまま歩を進めればまたも大きな声を上げるが、一切応じてやることはない。
 彼は手負いの獣の如く怯えていて、手当り次第に物を投げては私を遠ざけることに必死だった。最初のクッションは受け止めたものの、すべてを避けることなく進んだためか、何かが当たって首元を掠める。
 一瞬の熱のような痛みと肌を伝う冷ややかさに少し血が出たようだが、それに構うことなく蒼の目の前に立てば彼の肩は震えていて何かを投げることすら出来なくなる。
 そのままベッド脇に膝をつき、怯える彼の手を取ってから目を真っ直ぐに見つめる。
 指先の冷えるその手に、私の熱を分けてあげるように包み込む。

「怖くない、怖くないよ。もうあなたに酷いことをする人はいないから。怖くない、痛くない。もう温かいベッドで眠ることだってできるはずだよ」

 昔、私がある人に言われたことを、そっくりそのまま蒼に言ってあげる。
 震えていた手が私の手を握り返した時、ゆっくりと彼のことを抱き締める。左手は彼の手を取ったまま、彼の背中をさすってあげる。
 根拠の無い“大丈夫”を繰り返し、それが彼の中で浸透するのを感じながら柔い髪を撫でてあげる。肩口に温かいそれが染み始め、吐露された謝罪に頷いて返す。
 私の言葉はどこまでも空っぽなのに、それでも私が救われたその言葉は確かに柔らかいままであった。

「俺......怖くて」

 ぽつりぽつりと零す言葉は涙に霞んでいて、まるで幼子をあやすように相槌だけを返していく。