近付いてくる彼の表情は長い前髪で窺えることはなく、首筋についたキスマークに何をしていたのかは察しがつく。誰も触れられない空気に口を閉ざす男たちは、皆一様に怯えの色を滲ませていた。
 無言で歩いていた彼は私たちの前で足を止め、ようやく顔を上げた。そこには驚きがあり、みるみるうちに恐怖へと塗り替えられていく。

「......んだよ......」

 細く、小さな声は聞こえるかどうかの弱々しい声。

「なんでいるんだよっ!!」

 響き渡るのは蒼の悲痛な叫びであり、泣きそうなその表情にいつもの彼はいない。ひどく怯えているようで、“何か”に対して明確に拒絶を見せる目は震えている。
 剥き出しの敵意を色濃く声音に乗せ、誰でもない私に向けて浴びせてくる。今にも泣き出してしまいそうな彼は見るからに痛々しく、誰も触れてはならないとばかりに口を挟めずにいる。
 しかし、その中でもレオは私に気を取られている蒼の背後に回り、手でその視界を遮るように覆った。怖いものを見なくていいと、落とされるレオの瞳は悲しみに揺らぐ。

「ぅあっ......」

 唐突な視界の暗転に倒れそうになるも、なんとか堪えた蒼の耳元に何かを囁く。するといきなり力が抜ける蒼を支え、横抱きにした彼は気を失ったように眠っていた。
 その寝顔はとても穏やかとは言い難く、眉間には皺が深く刻まれている。

「ごめんね、棗ちゃん。混乱してただけだから、許してやって欲しい」